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風 狂(第57号)目 次

  

 また明日                    さとう のりお

 お転婆な老嬢たち(Ⅲ)              なべくら ますみ

  一歩の木                    長尾 雅樹

  美しい春のために               高村 昌憲

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執筆者のプロフィール


また明日      さとう のりお


大変だぁ! クラスターの糞野郎が墜ちやがった
アブデル お前の息子もやられたぞ!


父さん 痛いよう
体の左がとても痛いんだ


ミルバは大丈夫かしら
一緒に遊んでいたからなんだ
僕はミルバが好きさ
可愛いし 勉強もできるしね
あの子も僕のこと好きだって言ってたよ
明日 向こうの一本オリーブの丘まで遊びに行くって約束したんだ


あれ 雨が降ってきたみたい
僕の顔に雨があたってるもん


父さん なんだか少し痛くなってきたよ
でも とても眠くなってきちゃった
父さん 僕をテントまで抱いていってよ
夕御飯はいいや
どうせまたあの堅いパンでしょ
今日は早く寝て
明日ミルバとあの丘まで行くんだ


父さん とても眠いんだ
明日の朝起こしてね


父さんまた あし・・た


お転婆な老嬢たち(Ⅲ)    なべくら ますみ

おしゃべり        

 

電車の優先席を占めた四人の女性たち
高尾山へでも行ったのだろうか
軽登山的スタイルの


楽しそうにしゃべっている
筈 なのに声がない
大きい口を開けて身振りも添えて
笑って でも声がない


ああ、そうだったのね
声のない会話に私は引き込まれる
何をしゃべり合っているのか
全く解らない
でも 楽しそう
これはきっと聞こえたらうるさいぞ!
何て思いながら参加している
気分になる


私の視線に気付いた彼女たち
でも無言のおしゃべりは止まない
むしろ意識してしゃべり続ける
肩を叩いて笑い合いながら


大げさな身振りに引き込まれ
思わず笑ってしまう
でも話の内容は分からない
聞こえてこない
電車を降りるとき
喋り続ける彼女たちに
手を振ってしまった
会話に参加している気分だったので


彼女たちも大声で
手を振ってくれた
無言だったけど
大声で


一歩の木      長尾 雅樹

 

あの一本の木に向って
私は心の中で叫び続けていた
孤高の夢をいつまでも抱きながら
天空に聳え立つ一本の裸の木に向って
葉を落とした木が荒涼の丘に立っている
そんな風景を眺めて
私は解けない謎を探るように
凝然として立ち竦むのである
回りは漂泊とした荒地の原野である
芝生の丈の雑草が生えそぼっている
私は一体何を叫んだのであろうか
一本の木は寒々と空に伸びている
あの木の在る所に
純な一途の心が在るとでも謂うように
木に語るものがあるとしたら
それは多分孤立したものの思いであろう
荒地に突き立った
決然とした潔ぎ良さでもあるから
真一文字にその存在を認めさせて
大地を立ち割りながら
立ち尽している木の姿から
運命の向こうの声を探している
空に向って心の叫びを伝えよう
一本の木の枝を折り曲げて
天まで届けと弓引きながら
打ち上げた夢の言葉は飛んでゆく
一本の木のままで
このままで天まで伸びて欲しいものを
垂直に心を天に突き放しながら
私は己の心の迷いを呪っている
今生の無明の心を晒す恥を思えば
一本の木に縋って悔んでいる
あの木の先の向こうに
広大な青空が風に鳴っている


美しい春のために    高村 昌憲

 

真実が常に正しいものとは限りません
嘘も方便が正しい場合もあるからです
ところが美しいものに嘘はありません
世辞も阿諛も全然美しくないからです


美しいものと経験は関係がありません
逆に美は若々しく常に新しいものです
老人や病人が醜いのは仕方ありません
老いや病気が数々の皺を残すからです


一瞬でもそれらの皺を忘却させたなら
老人や病人にも美への回帰は可能です
忘却するためにも意志が必要ですから
外部の環境に任せてはならないのです


美はもう一つの秩序の力を創りますし
人間は外部に従って創られていません
内部の力は一瞬に皺を忘却させますし
美は何時も純真な力強さを失いません


美を生む意志を生来の性格と見做すと
老獪な商売の綾の様に美を損ないます
内部の力が一瞬でも皺を忘却させると
美しく正しい春が瞬時に戻って来ます



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