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振り払う

 

わたしは夢を見ているのでしょうか。さっきから、何者かに追われています。しかも、一人じゃないんです。複数います。けれども恐怖はあまり感じません。なぜなら追っかけてくるものが、ちびで、かわいいから。たいしたことはありません。それでも、わたしは全速力で、走ってそれらから逃げています。

 

 どうしてこんなに冷静でいられるのかというと、逆にこれが夢なのではないかと、思うからであって、本当は、焦らなければならない状況なのではないかと思います。それでも、息は切れるし、足は痛いし、といった、身体的苦痛もそれほど感じないのですから、わたしはどうしても、こんなに悠長に現状をレポートする余裕くらい、感じられるのです。いいえ、本当に余裕など、持ってはいけない身分なのです。時間はどんどん過ぎていき、わたしももう34歳です。34歳といえば、昔わたしが考えていた、わたしの寿命の日です。それまでに何かをなしとげなければ、わたしはもう、死んだも同然なのです。それなのにわたしは、むだに、今の現状を、こうやって、皆様に、お伝えしようとしているのです。

 

 その現状とはこうなのです。今、わたしは、カマンベールの間を走っています。

 

わたしは、カマンベールの間を走っているのです。コピペしたのではありません。その証拠に、語尾が違うでしょう。二回も同じことを言ってしまったのには、訳があります。それにしても、わたしが想いのたけを打ち込むのに、パソコンがついていっていません。みなさん、ご存知でしたか?寒いところでは、パソコンや、電卓の動作が遅くなる現象に。

 

けれども今は、寒くありません。昨日から、春が来たのです。けれども動作が遅いのは、おそらく、未読のメールが900通になってしまったからでしょう。わたしはメールが嫌いです。だからついついためてしまう。

 

 どうしてこの時代に生まれて来たのか、わたしはわからなくなります。昭和の時代に生まれたかった。というか、わたしは昭和生まれです。けれどもなぜか、昭和の末期に生まれたものですから、昭和生まれという気がしないのです。けれどももう昭和の話はやめましょう。昭和とか、平成とか、和平とか、どうでもよいのです。肝心なのは、わたしが今、カマンベールの間を縫って、何者かの追手から逃げているということだけなのですから。

 

カマンベールといっても、大きさが半端なくあります。私の背丈を優に超える高さで、4mくらいあります。それが沢山わたしの目の前にぽつんぽつんと置いてあり、その間をわたしは走っています。

 

 追手たちは、ちいさいけれど、身のこなしがすばやかで、特に上下の移動に強いらしく、カマンベールの上に飛び上がってその上を走り、ジャンプしてカマンベールからカマンベールに飛び移ったりして追っかけてきます。追手たちは、完全な球体の頭をして、体育帽子をかぶり、体育着を着ています。体育帽は、色んな色があり、赤、緑、黄、青と、とにかくかぶっている色は一つもありません。そしてそれぞれの体育着には、ゼッケンがぬい付けてあり、それぞれに何か書いてあるのですが、わたしは走りながらなので、それがなんなのが、よく読み取れません。わたしの通っていた学校では、体育着がなかったので、それが少し羨ましくもあり、大変そうだなぁと思う気持ちもあります。体育着を忘れたら、どうするんだろうという気持ちも、あります。その時は、隣のクラスの人にでも借りるのかなぁと、思ったりもしますが、わたしの学校は一クラスしかなかったので、それもできないなぁと考えてしまいました。

 

 そんなことを考えているうちに、わたしの腕に、オレンジ色の帽子をかぶった追手がとびついて来ました。

 

「やめてー!」

 

初めてわたしは恐怖を感じました。

 

 その感触はまるでホワイトチョコのようでした。匂いもホワイトチョコでした。

 

 わたしが振り払うと、そのオレンジ帽は転がってバラバラに砕けてしまいました。 

 わたしの腕に、オレンジ帽の指の欠片がまだくっついていました。わたしは走りながらそれを口に入れました。ホワイトチョコの味もしました。

 

 ホワイトチョコの感触と、ホワイトチョコの匂いと、ホワイトチョコの味がするということは、これは、ホワイトチョコなのであろうか。と私は思いました。けれど、飛んだり跳ねたりするホワイトチョコは見たことがありませんし、そのオレンジ帽のつけていたゼッケンには、石鹸と書かれていたので、きっとこれはホワイトチョコではなく、石鹸だったのでしょう。けれどわたしの口からは、泡は出て来ませんでした。おいしい味だけが残りました。

 

さらに追手が増えたような気がして、私はまた走りました。ジャンプは得意なのに、足の遅いわたしになかなか追いつけないのは、前に進む力を、上下運動に無駄使いしているのではないかという懸念が頭をもたげました。けれども、それは相手に知らせることではありません。わたしはだまって逃げました。

 

次に私に追いついたのは、紫色の帽子の追手でした。

 

顔は、さっきのオレンジ帽と、少しも変わりません。ただそのゼッケンには、憎らしいと書いてありました。

 

 それが、紫帽の感情なのか、それとも、名前なのか、住所なのかはわかりませんでしたが、私は納得しました。そして、もっともっと駆けました。けれども憎らしいは、どんどんスピードを増してジャンプの回数を増やしています。それだけ近づくのも早くなります。わたしはとうとう追い越され、とうせんぼうをされてしまいました。

 

「やい、おまえ、なんなんだ」とわたしがいいますと、紫帽は、「やい、おまえ、なんなんなー」と言いました。「やー」とわたしは言って、手に持っていたホウキで、紫の頭を叩きました。

 

ホウキなんて今までもっていただろうかと一瞬思いましたが、助かったので、深くは考えないことにしました。

 

憎らしいは、「やーはははは」と言って、笑いながら倒れました。わたしはバラバラになった紫帽の欠片をちょっと拾って、食べました。今度は、抹茶チョコの味がしました。

 

「白いのになんで抹茶チョコの味がするんだろう」と私は思いましたが、それもまた一興です。

 

続いて、私が向かったのは、カマンベールの間と間でした。そこにしか道がないからです。けれどすぐに、汚い色の帽子をかぶった追手が追いついて来ました。汚い色とはどういう色かと申しますと、それはぞうきん色なのです。ぞうきんは、汚いところを拭き取ることを仕事にしておりますので、ぞうきんの汚い色というのは、誇れる色なのでございます。そんなぞうきん色の帽子をかぶった追手のゼッケンには、きれいと書かれていました。こんな矛盾があるでしょうか。それでも、それがそのぞうきん色の帽子の目標なのかもしれませんし、座右の銘なのかもしれませんし、モットーなのかもしれませんし、人生におけるテーマなのかもしれませんし、ライフスタイルなのかもしれませんので、あえて突っ込むなどということはせず、わたしはただひたすら逃げ続けました。

 

 汚い色の帽子の追手はなかなかわたしに追いつきませんでした。

 

なのでわたしもちょっと油断と隙を見せて、一瞬だけ立ちどまってしまいました。それがいけなかったのです。すぐに汚い色の帽子をかぶったきれいは、わたしのもとに追いつき、スライディングして、わたしの足にしがみつきました。

 

「ひぁー」と言って、私はつかまれていない方の足で、そのきれいを踏みつぶしました。きれいは、ぐちゃぐちゃになりました。

 

 足跡のついてないところを選んで、私はきれいの欠片を一口口に入れました。今度は、イチゴチョコの味がしました。

 

 走っても走っても、追手の数は増えるばかりで、わたしはいい加減に、もう疲れてきました。どうしよう。もうこのまま、つかまってしまおうか、と思ったその時、カマンベールしかなかった道の先に、白いかまぼこが一つ置いてあるのを発見しました。そのかまぼこも、4mくらいの高さがありましたが、ハートの形をしていましたので、カマンベールよりもかわいく見えました。わたしは助かったと思いました。あそこに隠れれば、助かる!

 

 そう思って、わたしはかまぼこのかげに隠れました。

 

かまぼこの裏はシーンとしずかで、もう何も追いかけては来ないのではないかと思いました。わたしはさっきまで走っていた方をまた向き直してみました。その先には、ゴールがありました。

 

なにをもってそこがゴールなのかはわからないのですが、何か光っていて、ゴールっぽかったのです。

 

あとひと踏ん張りだ。とわたしは思いました。

 

わたしはかまぼこのかげから飛び出して、ゴールに向かって一直線に走りました。今度は本当に足が重くなり、息が切れてきました。もう追手が追っているのか、もう追っていないのかもわかりませんでした。

 

わたしはゴールの光の中へ、ホウキを持ったまま、飛び込んでいきました。

おめでそう、と、だれかがいいました。

おめでとうじゃないんだとわたしは思いました。

 

 


喧しい

 

今日は待ちに待った今月最後の日曜日だ。

 

 今日こそは、思う存分買い物してやる。と、私は意気込んだ。と言っても、所持金は、一万円札一枚のみ、つまり、一万円である。

 

 けれどこの一万円を確保するために、私がどれだけやりくりしたことか。

 

 半年前から、ジュースやお菓子を買うのを我慢し、やっとたまった一万円なのだ。

 

 それを今日、一気に使う。

 

何を買おうか、暖かいセーターか、ずっと買いたかったハードカバーの本を買おうか、それとも今まで我慢していたお菓子を一気に買おうか。それともそれとも……

 

 考えるだけでわくわくしてしまう。私はさっそく朝からショッピングモールへ向かった。

 

 開店からまだ時間が経っていないからか、ショッピングモールは空いていた。

 

私はまず、靴屋に向かった。

新品の靴達が、じっと待っている。そして頭をこちら側に向けて、待っていた。

どこへ行こうと勝手でしょ、と長靴が言っているように、ピカピカ光った。

 

私はなんだか腹がたって、靴屋を後にした。次に、駄菓子屋さんへ向かった。子どものころ、300円を握りしめ遠足のおやつを買いに行ったことを思い出した。ほしかったお菓子はなんだって買える。

私は次々にお菓子を選んでいった。かごがいっぱいになった。けれど、それをいざレジに持って行こうとした時に、私は財布がないことに気づいた。

「あれ?」

確かにカバンに入れたはずなのに。

すると、ピンポンパンポーンと、店内放送が流れた。

「ご来店のお客様に、お忘れ物のご案内を、申し上げます。お財布が届いております。お心当たりのお客様は、屋上、隅、夢の国カウンターまでお越しください。」ピンポンパンポーンと、また流れて、放送は終わった。

これだと私は思い、さっそく屋上へ行くことにした。

ん?屋上?

普通、一回の総合案内所など、わかりやすい所に取りに行くものじゃないのか?と私は思ったが、そのままエレベーターに乗った。屋上へどうやって行ったらいいのかわからなかったので、とりあえず1番上の9階を押してみた。エレベーターの中は混んでいて、私は後ろの壁にギュウと押し潰された。

 7階辺りでほとんどの人が降りてしまった。そして8階で最後の一人が降りて私一人がぽつんと残った。

9階について一歩出ると、もうそこは屋上だった。

びゅうと風が吹いて、鼻の穴に入った。

夢の国カウンターはどこだろう。と、私は周りを見渡した。考えてみたら、夢の国カウンターという名前もちょっとおかしい。

確か隅って言ってたなぁと、エレベーターの後ろの隅をみると、そこにこじんまりとしたカウンターがあった。

すらっとした女の人が、まっすぐ前を向いて立っているのが、横から見えた。

私は夢の国カウンターへかけて言って、聞いた。

「すみません、財布を落としたみたいなんです」  

「はい、お財布ですね。どのようなお色でしょうか?また、どのような開封方法、また、どのようなイラストレーションが描いてあったでしょうか?」 

「は…はい。緑で、チャックがついてて、猫の絵が描いてありました」 

「はい、こちらに届いております。中味をご確認ください」

「そうですか、良かった」

中を確認すると、一万円札が一枚のみ、つまり1万円が、ちゃんと入っていた。

「入ってました!ありがとうございます」そう言って私は夢の国カウンターを後にした。

 

 駄菓子屋さんにかごに入ったままのお菓子を預けて来たので、まずは駄菓子屋さんに行った。

精算すると、ピッタリ777円だった。

なんだかラッキーな気がする。

 一安心したので、私は色々な店を渡り歩いた。

 けれど、赤いセーターを手に取った時、私はさっきから、なにか違和感を感じていることに気づいた。こんなに楽しいことをしているはずなのに、なぜか買物に集中できない。それどころか、イライラさえしているのだ。私は考えた。そして気づいた。

 

BGMが大きくなっている。

じわじわと、しかし確実に、さっきよりも今の方が、そして今よりも10分後の方が、音が大きくなっているのだった。曲調は静かだが、それも大き過ぎると害でしかない。

私はもはや買物よりも、そちらにしか耳が行かなくなってしまった。

ピンポンパンポーン↗と店内放送が流れた。このBGMのお詫びだろうか。しかし、それは単なる忘れ物の放送だった。

「ご来店のお客様に、お忘れ物のお知らせを申し上げます。黒い、手袋が届いております。お心当たりのお客様は、屋上、夢の国カウンターへお越しくださいませ」

そして、しばらくすると、また大音量のBGMの合間に放送が入った。

「ご来店のお客様に、お忘れ物のご案内を申しあげます。白いマフラーが届いております……」

そしてまたしばらくすると、放送がなり響いた。

「茶色のメガネが届いております。お心当たりのお客様は……」

なんだって今日は忘れ物がこんなにも多いのだろう。

ピンポンパンポーン↗

また鳴った。私は頭が痛くて、ついに「うるさいなぁ、もう」と、つぶやいてしまった。

すると、放送は何も言わずに、ピンポンパンポーン↘と、終わってしまった。なんだったのだろう。

それと同時に、あのうるさかったBGMも消えていた。

目の前がなんだかぼんやりする。私は何気なく鏡をみた。そこには、メガネをしていない自分がいた。

 はっとして、私はかばんの中を探った。入店した時にかばんの中に突っ込んだ、黒い手袋と、白いマフラーが、なくなっていた。

 

             


奥付

 

【2019-02-16】指さし小説 第35話


http://p.booklog.jp/book/125863


著者 : 柿本慧こ
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/resipi77/profile
はい、今回のテーマは「振り払う」でした。それを引いた時、今のわたしにぴったりのことばと思いました。誘惑が多いこの生活、本当にしたいことをするには、いろんなものを振り切っていかなければ、できないですよね。
ところでですが、本日から、わたくしのペンネームを、「かっこ」から「柿本慧こ」に変更いたしました。読者登録をされている方(1名)に何か不都合があったら、申し訳ありません!!なにもないと良いのですが。これからも、よろしくお願いいたします!!
 
第36話
忙しさに溺れ、第36話の配信が1日遅くなってしまいました。申し訳ございません!また、連載の形式が間違っていたらしく、新たな連載本を各話で作っていたことが判明しました。来月にはなんらかの対策をとろうと思います。重ねてお詫び申しあげます。
 
さて、今回のテーマは、「喧しい」でした。このテーマを指さす前日に、店内放送の音量が大きくてイライラしたという出来事があったので、すんなりと今回のストーリーは決まりました。けれども途中で、財布をなくすというのは、書いてるうちに自然に出て来ました。なので当初は登場するはずではなかった夢の国カウンターも登場することになりました。
なかなか面白かったです。
 

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運営会社:株式会社トゥ・ディファクト

 


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