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目次

a man with NO mission ②

 

11 矢(442字)
12 失敗一(526字)
13 診察券(775字)
14 ホームセンターで(826字)
15 同級生(670字)
16 足し算(163字)
17 失敗二(768字)
18 デモ(331字)
19 葬儀(1612字)
20 事件(502字)

 

 

イラスト・いぬ36号

 


11 矢

ここ数日、男は体の不調を感じていた。どこがどうとはうまく言えなかったが全身を気だるさが覆っていた。商店街を歩いているときのことだった。男は偶然通りかかったクリーニング屋のウィンドウにふと目をやると、そこに映り込んだ己の姿を見て愕然とした。

 

頭に矢が刺さっていたのだ。

 

矢は右耳の後ろから左のこめかみ辺りに向かって斜めに貫通していた。先端には見るだけで痛みを感じるほどの鋭い矢尻がついていた。いつの間に刺さったのか、まったく身に覚えがなかった。いくら引き抜こうとしてもびくともしなかった。

 

男はうろたえて道行く人に助けを求めた。人々は男の頭に矢が刺さっていることに気がつくと、指をさして嘲笑った。勝手に写真を撮るものもいた。石を投げてくるものもいた。男はしまいに泣き出してしまった。

 

男はその場から逃げ出そうとして、路上の段差につまずいて転んだ。人々が取り囲み、一斉に笑いを浴びせかけた。ある母親が「ああいう大人になったらダメよ」と言って子供の手を引いていった。男は道にうずくまって泣き続けた。

 


失敗一

12 失敗一

長い下り坂の途中に、あまり見通しのきかない交差点があった。信号機はついていたが交通量は少なく、歩行者や自転車は無視することも多かった。ときどき事故の起こる交差点だった。

 

男はいつもその坂道をブレーキをかけずに自転車で下った。目をつぶって交差点に突っ込んでいくのだ。悪ふざけなどではなかった。車に轢かれようとしていたのだ。死んで楽になりたい気持ちからしていることだった。

 

しかし、話はそう簡単には進まなかった。ひやりとすることは一度か二度あったが、ぴったりのタイミングで車が飛び出してくることはなかなか起きなかったのだ。

 

それでも幾度となく試みていると、ある日ついにそのときが来た。

 

男は耳をつんざくような車の急ブレーキ音に目をかっと見開いた。すぐ脇に乗用車が突っ込んできているのが目に入り、もう避けようがないことを悟った。

 

だがその瞬間、ある不吉な考えが男の脳裏をかすめたのである。

 

自分自身のスピードと車のスピード、車の形や直接ぶつかりそうな場所。もしかしたら一思いに死ねないのではないか……。

 

はたして、結果は男が予測した通りになった。男は一命をとりとめ、残りの一生を寝たきりで過ごすこととなった。死んで楽になりたい気持ちは、その後も少しも和らぐことがなかった。

 


診察券

13 診察券

男は朝早くから病院の待合で座っていた。昼休みが近づいても名前が呼ばれないので、何かおかしいと思った。診察券を出し忘れていたのだ。財布を探ったがそこに診察券は入っていなかった。家に忘れてきたらしい。男はいったん取りに帰ることにした。

 

途中、男はそもそもなぜ病院に行ったのか思い出すことができないことに気がついた。何か心配事があったはずだった。考えているうちに、ふいに別のことを思い出した。朝家を出るとき、玄関の鍵をかけ忘れたのだ。近所で空き巣被害があったばかりだった。慌てて帰ると鍵はしっかり閉まっていた。勘違いだった。

 

部屋に入ると、男はあちこちの引き出しを開けて診察券を探した。心配事が何であったにしろ、それがなければ診てもらえないことに変わりはないのだ。

 

ところが、どこを探しても診察券は見つからなかった。そのうち、男は部屋が思っていた以上に汚く、不要なもので溢れていることに気がついた。男は一晩かけて部屋をきれいに片付けた。不要なものはすべてゴミに出した。

 

風呂場で汗を流しているとき、男は途中から診察券のことをすっかり忘れてしまっていたことに気がついた。その一方、そもそもなぜ病院で診てもらおうとしたのかは思い出せないままだった。

 

そのとき、どこからか笛を吹くような甲高い音が聞こえてきた。男はやかんを火にかけたままだったことを思い出し、慌てて風呂を出た。注ぎ口から水蒸気が勢いよく吹き出していた。火を止めると、中身はほとんど蒸発してしまっていた。

 

男はふいに診察券をしまった場所を思い出した。壁にぶら下げた安物のウォールポケットの中に入れたのだ。男は水滴をしたたらせながらそちらに足を踏み出し、はたと立ち止まった。それは前に住んでいた部屋で診察券をしまっていた場所だったのだ。

 

男は急いで体を拭いて服を着ると、以前住んでいた部屋がある街に出かけていった。

 


ホームセンターで

14 ホームセンターで

男が椅子に座って考えに耽っていると、警備員がやって来てそこに座るなと言った。家具売り場で売り物の椅子に座っていたのだ。

 

男は、ホームセンターの中をほっつき歩きながら、何か新しい趣味を見つけなければと考えた。それは簡単に見つかるようなものではなかった。気がついてみると、男は店の売り物を手当たり次第ポケットに突っ込んでいた。そうしていると面倒なことを考えないで済むからだった。

 

男は熱帯魚のコーナーでふと足を止めた。途端に、部屋に大きな水槽を置いて色とりどりの熱帯魚を飼うというイメージが思い浮かんだ。それを新たな趣味にしようと思ったが、水槽と魚それぞれの値段を見てすぐに諦めた。男はため息を一つつくと、店員が見ていない隙に水槽に手を突っ込んで熱帯魚を一匹捕まえた。

 

ホームセンターを出ようとしたところで、男は警備員に呼び止められた。椅子に座っていたところを注意してきた警備員だった。事務所に連れていかれると、男は店のマネージャーにポケットの中身をすべて出すよう迫られた。大人しく言われた通りにした。

 

蛍光マーカー、ダイヤル式チェーン、流しの三角コーナー用ネット、おがくず一袋、腕時計、フリスク、靴用の消臭剤などが次々に出てきた。最後に出てきたのは背中に青いラインが入った小さな熱帯魚だった。そのままポケットに放り込んでいたので呼吸ができずに死んでいた。

 

警備員が今にも殴りかからんばかりの勢いで男に悪態をついた。男は黙ってうなだれるしかなかった。マネージャーにねちねちと説教をされたあと、男はすべての商品を買い取ることを条件に解放された。

 

部屋に帰ると、男は調べられなかった上着の内ポケットから一匹の亀を取り出した。やはりあの熱帯魚コーナーで失敬したものだった。

 

男は畳に腹這いになり、亀と視線の高さを合わせた。あらぬ方を向いてじっと動かない亀を見ていると、男は自分が昔からこの生き物を好きだったことを思い出した。男は亀を飼うことに決めた。それが新しい趣味となった。

 



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