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鞭打つ

 なんでもかんでも頑張りすぎたと、私は半生を反省した。

得意なことはもちろん、苦手なことこそ人よりも頑張らなければと、得意なこと以上に努力を重ね、楽しみは後に取っておく性分だから、本当にやりたいことはいつも後回しで、これまでの人生で、自分の本当にやりたいことに本気になったことがなかった。

気づけば、60歳を超えていた。

 今から何ができるだろうか。と私は考えた。

本当にやりたかったことを今からやるのか。と考えた。私はぞっとした。なんと時間を無駄にしてきたことだろう。人生は意外と短いのだ。できることは限られているのに、やりたくないことばかりやってきてしまった。なんてことだ。

今すぐ始めなければ。

けれど本当にやりたいことは、エベレストのように大きくて、私にはとても登る勇気はなかった。とりあえず、近くのスキー場から登ろう。と私は思い立った。

そういえば、10年前に新しいスキー板を買ったのに、まだ一度も滑ったことがなかった。

毎年毎年滑ろうと思うのに、時間がとれなくて、結局いつも春を迎えてしまっていたのだった。

「まったく。やりたくないことをやっていたせいだ」

私はまず、スキー板を取り出すことから始めた。おんぼろ物置の中に、それはあった。私の中で、そのスキー板は新品のはずだった。それなのに、取り出したのは、錆びだらけのスキー板だった。

10年の歳月は、私にとってはあっという間でも、スキー板にとっては、とても長い、待ちくたびれた時間だったのだろう。そんなスキー板の気持ちを思うと、私は申し訳ない気持ちになった。

なんでもっと早く、スキーをしに行かなかったのだろう。

けれどスキー板は、まだ死んだわけではない。私はスキー板の錆を落とし、ワックスをかけた。

そして、またスキー靴をおんぼろ物置から取り出し、中身を確かめた。ゴーグルと、帽子と、10年前の日付のリフト券がそのまま入っていた。

そして私は、スキー当日を待った。

 

怪我をしたら困るので、私は古い友達を誘った。

「久しぶりだな」

「滑れるのか?」

「わからない。お前こそ」

「俺は、年に何回かは滑ってるぞ」

「そうか」

 

 急に不安になってきた。リフトは乗れるだろうか。

私は模範的な姿勢で、リフトに乗り込んだ。後ろからリフトの椅子が迫ってくるとき一瞬ひるんだが、落ち着いて腰をおろすと、スピードは思っていたよりゆっくりだった。

リフトに揺られていると、色々なことがよみがえった。リフトから手袋を落としてしまったこと、ナイターのリフトで聴いた、当時の流行りのウィンターソング、吹雪の中での滑走。足が冷たくなるまで、子どもの頃はよく滑ったものだった。

そんなこんなで、あっというまにリフトは降車場に近づいていた。私はまた模範的な姿勢で、スキーの先を少し上げて着陸を待った。

 

「はい、どうぞー」という声と共に、私はゆっくりと立ち上がった。完璧だ。体が覚えている。

そして、私はススーっと、大きくカーブしてゲレンデに出た。

そして、坂を見下ろした。

「はー」私はため息をついた。山の下に広がる町が小さく見える。こんな高いところに来たのは、いつぶりだろうか。

「さ、行くぞ」

友達は、さっそく滑り出した。

まけじと私も滑り出した。

空がちらちらと見える。青い空だ。そして、私は、とても速い速度で移動している。なんの乗り物にも乗らず。

そのことが、とても軽快に感じた。自由だ

 

少しでもひるむと、余計に怖くなる。私は自分の意志で、早く滑った。

友達も追い越し、誰もいないゲレンデを、なるべくブレーキをかけずに、2~3回の大胆なカーブで滑り切った。

私は恐怖よりも興奮が上回ったのを感じた。

シュッと止まると、冷静になった。外国人の人が、私を見ている気がして、私は途端に恥ずかしくなった。その時、脛のあたりで、違和感を感じた。

ん?

なにか、ふわふわしている。

よくみると、スキー靴の脛に当たる部分が、はがれて雪に落ちていた。

プラスチックが劣化していたのだ。どうにかしようとすればするほど、靴はボロボロと崩れて行った。しかも両足ともだ。

「どうしたんだ」いつのまにか降りて来た友達が、私のスキー靴を見て笑った。

「何年前の靴だよ」

「15年前」

「もう今日は滑れないな」

 

「まだ一回しか滑ってないのに」

「また今度、滑りに来いってことだ」

そうか、と私は思った。

とりあえず、長年やりたくてできなかったことができたことは事実である。そのことは認めなければならない。自分に対して。

「よくやった。」と、私は自分と、スキー板と、スキー靴に、言ってやった。

 


奥付

今回のテーマは、「鞭打つ」でした~!なんだか最近の自分にぴったりのことば。と思って書き始めました。最近久々に行ったスキーの話を、ちょっと変えました。実際に靴がボロボロになったのは、父なんですがね。

【2019-01-16】指さし小説 第34話


http://p.booklog.jp/book/125375


著者 : かっこ
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