閉じる


キャメル編6

 気がつくと、オレの左斜め後ろにジーンがいる。ジーンは、後から上って来ただけのようだ。ジーンは、何も言わずに少し首をかしげている。事件についてほとんど知らないようだ。

 ガイは、どこにいるのだろう?

 

 オレの育ての親、世話係のオヤジが公開処刑される事になり、オレたちはその処刑を止めに、西ザータの監視塔へ来ている。

 塔の中、緑の壁の部屋で、オレは処刑されるオヤジと面会した。オヤジは、声高に自分の無罪を主張したが、西ザータの村長は、オヤジの主張を聞き入れる様子は無いようだ。

 オレとオヤジとの不毛な会話は、続く。

 

 

 

 オヤジの声は、低く重い。
「お前、なぜここに来た? 寂しいか? まだ小さなガキのように、かまってほしいのか?」
 オヤジの言い方は腹が立つ。でもその腹立たしさはオレにとって、どこか懐かしい。

 

「そういうわけではないな。単に、あなたの無罪を主張しに来ただけだ」

 オレは負けじと腕を組んで、見栄を張った。
「ほう、俺の無罪か。ウソかも知れんものを、お前はよく信じるな」
 オヤジは苦しそうに、姿勢をうねらせた。警備の若者がオヤジに、鋭い視線を向けた。

 

「オレは、旅に出る。もうオヤジ、あなたと会う事は無い。しかし、その前にあなたは何もやってないと主張したい。オレはあなたの公開処刑を止めにここへ来た」
 オレの体が、熱くなってゆくのだ。この感覚、前にもあった気がする。

 

 村長がいつの間にか緑の壁のそばで、また折り畳み椅子に座って、足を組んでいる。
「そして、オヤジ、ひとつだけきいていいか?」

 オレは、腕を組んだまま質問した。
「何をきくんだ。まとめて言え」

 

 オレは、目を細めた。この場にガイはいない。何だか、聞いていてほしいような気がした。たぶん、この表情がガイの言う、伏し目がちというやつだ。――冗談で、そう言ってほしい。

 

「オレに、名前が無かったのは、なぜだ? オヤジ」

 オレは、組んだ腕をぶらりとほどいて、問いかけた。

 

「ほう、お前は今、何という名だ」
 オヤジは意外な返事をしたので、オレの中にある炎のようなものが、少し落ち着いた。本当に、今のオレは炎のように熱い。足から頭まで。風と必死に闘う、炎。

 

「キャメルだが」
「ほう、自分で名乗ったか。面白い名だ」
 オヤジは、何度か苦しそうな咳をした。

 

「俺はお前が、自分で名乗るのを待っていた」

 オヤジの褐色の額から、汗が流れて、オヤジの目に入った。
「なぜ?」
 そのオヤジの言葉は、オレには、まったく理解しがたい言葉だった。

 

「お前、キャメルと言っただろう。元のお前には、名前が無かった。名前を一人で名乗った。お前、よくやったな」
「――オヤジ、なぜ、オレに名前をくれなかった?」

 そこはもう、オレが疑問に思って仕方ないところだった。

 

 オヤジはしわがれた荒い声を、精一杯張りあげた。
「この愚か者。俺が拾った頃のお前は、泣いてばかりで名前も教えてくれんかった。だから、俺も知らん」

 

 オレは、両目を見開いて言った。
「やはり、拾った子だと?」

 

オヤジが、紫色の唇を動かした。

「そうだ。西ザータの村人がもってきた、腐ったような臭いの汚いパンと濁った水を、お前に与えた。塔の一番外側の門を閉められ、幽閉はされていたが、しばられていたわけではなく、お前の部屋のカギと明かりに使うためのランプや油、それだけは、村人に渡された。せいぜい世話して死ね、というところだ。

 倉庫に打ち捨てられていた装備を身につけて、お前の部屋に入った。……世話係のオヤジ、とお前は呼ぶ。それは、犯罪者に仕立て上げられた俺がついた、最大のウソだ」

 

 オレはすぐに、返事ができなかった。世話係のオヤジ。それ自体が、ウソ。

 

「泣いてばかりの弱そうなチビが、生意気な男になったものだ。……俺は、お前が一人で名乗るのを待っていた。男なら、泣いてばかりいないで、名前くらい見つけて来い! そう思って、弱いお前を、強い男に育てたつもりだ」

 

「では――な、なぜ、そんなウソを?」

 オレは、さすがに動揺して言った。

 

「阿呆!」
 オヤジの、その重い低い声が、見栄を張るばかりのオレを揺さぶった。
「お前は、己の運命を呪いながら、育ちたかったのか。そうなら、もっと早く言え」

 

 オヤジの目が、一瞬ガッと大きく開いた。
「そして、キャメルというお前、気をつけろ!」
 オヤジは、オレが口を開くのをさえぎって続けた。オレは、ジーンとガイはどうしているのだろう、と一瞬思ったが、見栄を張って、振り向かなかった。オレが強く、ならなければ。

 

「この村の警備は、犯人を捕まえるためのものではない!」
 右側の警備の中年の男が、槍を立てたまま、左手をあごにあてて、オヤジをなぜかじっと見ている。村長が腰掛けたまま腕を組んで、余裕だとでも言いたげな笑みを浮かべた。

 

「オヤジ、なら、何のための警備なんだ?」
「答えてやろう」

 オヤジは、つぶれた声をはり上げた。オヤジの唇から、唾が流れた。
「関係者らしい人物を無理に探し出して、『私がやりました』と言わせる事だ! それが、この村の警備だ!」

 

「貴様、ほざけ」
 左側の警備の若者が、オヤジに蹴りを入れた。

 

 オヤジは、もう動けないのだろう、明らかに顔色が茶褐色のまま、いっそうつぶれたような格好をした。あばら骨や背骨が、折れているのだろうか?

 

「しかし、――」
 オヤジは咳をして、かすれた声でどうにか言った。ほぼ、気力だけで命を保っているように見えた。

 

 村長が立ち上がった。気がつけば、かなり明るくなっていた。曇りでも部屋の光の具合で、オレにはわかった。正午に、近づこうとしている。

 

 村長が意外にしっかりした足取りで、重そうな衣装にくるまれ、こちらに近づいて来る。
「さて、そろそろ、面会は終了じゃ。これから、この男をひとつ上の階にまで連れていく。そこで刑は行われる。おい、警備の若者よ、この男を立たせろ」

 

「村長、ちょっと待て!」
 まだ、疑問は何も解けていないから、オレは村長に向かって声を張り上げた。

 


この本の内容は以上です。


読者登録

あめのこやみさんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について