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風 狂(第54号)目 次

 海驢と髭男―― 夢の記憶(2)――        原 詩夏至
 不揃いな夜回り                  なべくら ますみ

   月山富田                   出雲 筑三
 孤独の練習                  高  裕香

 命令と愛の方程式               高村 昌憲
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執筆者のプロフィール


海驢と髭男―― 夢の記憶(2)――   原 詩夏至


そこは中国の奥地らしいのだが
どこか南米の陽の香りもする
車中で仲良くなった母子連れは
駅から直ちに街に向かうらしい
「でも、行きたいなら、そっちは遊園地よ」
左を指さし、女の子が言う
「分かった。後から、必ず追いつくから」
そう約束して、私は左へ行く
遠くに大きな白木造りの
公衆便所がある
まるで神社だ
道は泥濘み
あちらこちらに
何故かあしの顔が覗いている
海驢は私が近づくと警戒して
忽ち顔を引っ込め
後には穴だけが点々と残される
私は路面の方々に残された
泥穴を一つ一つ覗き込む
「到底駄目だ、これは……」
そう呟き引き返すが
だが、では、遊園地とは一体……
「いや、待てよ。さっきの公衆便所……」
そうか、あれが遊園地だったのか
私は半ば呆れ半ば感嘆して
その白木の社殿に足を踏み入れる
便器は和式で少し大きすぎ
屈むと両腿に負荷がかかるのだが
奥から手前に絶えず流れている
水流はあくまで豊かで清冽だ
用を終え更に奥へと進むと
水源はタンクを兼ねた湯舟で
来訪者は無料で入浴できるらしい
「ああ、極楽……」
外の密林を見ながら
のんびり旅の疲れを癒していると
彼方からのっそり近づく者
見れば浅黒い半裸の髭男で
どうやら地元の先住民のようだ
窓越しに私の鼻先まで顔を近づけ
やがて無言で踵を返して
再び森へと去って行こうとする
「お待ち下さい、どうです、ご一緒に……」
そう呼びかけたが
男はとうとう
振り返らなかった


不揃いな夜回り    なべくら ますみ

                  

聞こえてくる音 
拍子木の
寒そうな響き
不揃いな 

 

どんな人達が叩いているのか
若くはなさそうな声の連なり 
ばらばらと重なり合って
足音もよたよたと着いて来る

 

ヒ~ノ~ ヨウジ~ン ジ~ン
  ヒ~ ヒ~~……… ようじ~ん

 

窓の外を行く
午後八時三十分
善意の 
或いは
無理強いの 誘いに
着いて行かなくてはならない
夜回り
キワミ的寒さだろう
今日で三日目の

 

遠のく声
遠のく音
不揃いな
拍子木の
若くはない声の連なり
暗がりに転んだら
この寒さに
風邪をひいたら

 

そんなこと言う人は一人もいない
何はともあれ
皆素直について行く
ひ~の~ よう じーん じ~ん


月山富田     出雲筑三


願わくば
我に七難八苦を与えたまえ
土に沁み入りたまえ 血よ魂よ

 

さすが難攻不落のわれらが城
攻める立場に変わり
若き日の迷いの付けをいま憂う

 

岩窪の隠し井戸はまだ生きていた
ありがたき宝水の冷たさ
腕白だった頃と同じまろやかさ

 

他利にまで 目が届かなかった
昇りつめた身になると
誰しもが堕ちる守旧派思考

 

蒸しかえすことは新たより難し
月は巧みに優雅に
円くなったり尖ったり 舞扇

 

山風が切りこみゴーと響く本丸跡
無念なり 山中鹿介の顕彰碑を照らすは
たそがれまぶしい陽光の紅


孤独の練習      高 裕香


一人きりで過ごす夜は滅多にない。
新年が明け、
なぜだか氷点下の夜が続く。

 

夫は、お義母さんの介護で実家に
娘達は、美術館の展示で泊まり。
開放感のはずだかなんだか違う。

 

冷蔵庫の中のような家にポツリ
温かいはずのご飯も湯気が消え
温まるはずのお風呂も底から冷える。

 

早くから布団に潜り込んだが
猫でも犬でもいたほうがいい。
明日は、銭湯にでも行こう。



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