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目次

<目次>

 

 (1) コップの中の争い

 

 (2) お人好しの国

 

 (3) 見たり!売り買いの極意

 

 (4) 私の「親中」時代


(1) コップの中の争い

 

 とある百貨店の、定例で行われる取締役会議の席上のことでした。

 

 議長は、慣例で、取締役のトップに座るたたき上げの社長です。

 今日、提起されていた議事について、お決まりの決定が社長の思惑通りに進んでいきます。

 いつものように、あとは子飼いの専務に任せて、広い会議室の上座で、馬鹿面をさらけ出している取締役たちを睥睨していればいいだけのことです。

 

 その時です。

 

 マイクを持った専務がいつもとは違って、震える声で、「社長解任の決議案を提起します」と唾を飛ばしながら叫んだのでした。

 

 上座に鎮座する社長は、こいつ何を叫んでいるんだと呆れ顔で専務の方に視線を送ります。

 この社長、ことの重大さを、まだ理解できないでいるのです。

 

 震える手で、しかも両手でマイクを握りながら、「賛同の方の起立を求めます」と、腹の底から吐き出すように言葉を放ちます。

 隣には、外部取締役で、弁護士である男が寄り添っていました。

 

 事前の準備が周到であったのか、その言葉が議場に通ると、取締役たちは一斉に起立、この十年、好き勝手にやってきた社長はあっけなく解任が議決されてしまったのです。

 

 睥睨していた社長は、何事が起こったのかと今度は自分が馬鹿面をして、議場を見つめています。

 

 取締役たちは、苦渋の選択、そうしなくてはいけない葛藤からか、おもてを伏せています。

 社長の姿、その目さえも見ようとはしません。

 こういう時、弁護士というのは水を得た魚のように元気です。

 専務からマイクを受け取り、法に従い、社長の解任が議決されたことを宣言、次の行動に息もつかせずに進んでいきます。

 

 社長は、茫然自失の中で、これもあらかじめ手配されていたのでしょう、屈強なる体躯を持つ事務方によって、議場から出されたのでした。

 その後、この社長は、自宅の修繕費を会社の金でやったと、懇意にしていた女性の店からの不当な仕入れをしていたと、その振る舞いが、特別背任に当たると訴追されるのです。

 

 怖いものなしの立場から、一転、密室で取り調べを受けるその屈辱が彼を蝕んだのか、それとも、部下たちによる突然の裏切り行為が因なのか、この人物は程なくして病死するのです。

 

 今も記憶の端に残る三越岡田社長の息詰まる解任劇の一幕です。

 

 最近、日本の取り調べについて、アメリカやフランスの新聞が疑義を申し立てています。

 取り調べに弁護士をつけることが許されないこと、口裏あわせをする危険があると家族や知人の接見も認められないのは、人権にかかわる問題だというのです。

 それらの国のマスコミは、どうやら、企業のトップが、不当に高額な給与を、それも画策して金額をごまかして受け取ることに腹立ちがないようです。

 それより、不出世の経営者ゴーンをあのような狭い部屋に監禁すること自体が失礼だと思っているようです。

 

 ゴーンの逮捕もまた、岡田のそれと同じように劇的でありました。

 プライベートジェットで来日したゴーンの機体に特捜が乗り込んでの逮捕です。

 しかも、それもまた、部下たちの内通により、特捜が確信を持っての初動であったのですから、劇的と言わずして、いかなる言葉の表現がありましょうか。 

 

 小さな田舎町のそれは学校での出来事でした。

 人の良いおじいさんが理事長を務める学校での話です。

 そこには四名の、このおじいさんに引き立てられた方々が学校の経営をそれぞれに役目を分担されて配置されていました。

 

 学校経営を安泰にするための募集活動にあたるもの。

 補助金をきっちりといただくための県との折衝に当たるもの。

 学校経営に活かすための投資活動を行うもの。

 そして、組合対策をするもの、と四名はそれぞれの担当をこなしてきたのです。

 

 だから、おじいちゃん理事長は安心して、かれこれ、四十年の長きに渡って、緩やかな君臨を果たしてくることができたのです。

 

 しかし、その四つの任務を遂行するには、相当の圧力を感じなくてはなりません。

 少子化で生徒数は減っています。

 投資だってそうそう利益をあげられるわけではありません。

 県との折衝だって、行き過ぎは禁物です、しかも、県は緊縮財政を強いられています。私学助成にだって批判があります。ですから、従前の額を維持することには無理があるのです。

 

 人事は殊の外厄介です。

 長時間労働、障害者雇用、非常勤講師への対応、問題教師の解雇と年がら年中法的な問題が発生します。

 しかも、ちょっとしたことで、このおじいちゃん理事長から叱責を受けるのです。

 理事長職は、叱責をするのが務めだと思っていますから、それが激励だと理事長は考えているのです。

 

 でも、いい歳をして、頭が禿げ上がった男たちは、いつまで、俺たちはこの理事長に従わなければならないのかと、一番年長のなにがしという男が、あの百貨店であったようなことができないものかと酒の席で漏らしたのです。

 そして、ある日の理事会の席上、根回しをした四人は、理事長の議事進行が終わったところで、四人のうち、一番若い男が、あの解任決議を提案したのでした。

 

 「馬鹿野郎。ゲス野郎。誰のおかげで今の地位があるんだ。」

 

 聴くに耐えない言葉が、あの温厚なおじいちゃん理事長から発せられます。

 印鑑が取り上げられ、議場から若い事務員に両腕を掴まれ、理事長は退場していきました。

 直ちに、用意されていたタクシーに乗せられ、彼は四十年以上も君臨し、一丁前にした学校を去ったのです。

 

 そして、半年後、彼は寿命を使い果たしました。

 

 裏切りと悪辣な手を使った四人は、今も、心にいくばくかの後ろめたさを抱えながら、少子化で生徒数が細るなか、緊縮財政のなか目減りした補助金をあてにし、組合からの突き上げと緊張感を欠いた一部の教師の不手際の処理に当たっているのです。

 

 なんだか、劇的とは言えない、始末に負えない、これは話になってしまいました。

 名もなき地方の小さな学校で起こったあれは、マスコミも取り上げない、つまらないコップの中の争いだったのかしら……。

 


(2) お人好しの国

 

 アメリカが、妙に、けんか腰でいるのに、実は、驚いているのです。

 

 ロシアに対しては、中距離核戦略廃棄条約をめぐり、60日以内に違反を解消しなければ、条約廃棄手続きに着手すると表明しましたし、さらには、ウラジオの軍港近くで、アメリカ海軍に示威行動を命じたのですから。

 ただでさえ、経済が滞っているロシアは、さらに不利な状況に置かれることになります。

 

 中国には、90日の猶予を与えました。

 知的財産権の侵害をやめること、中国がアメリカ企業の技術移転の強要をやめることなどの問題で中国に譲歩を迫ったのです。

 そして、華為の幹部の逮捕を命じたですから。

 さらには、第三弾の制裁関税を課すと、おいらはタリフマンだと息巻き、アメリカの親分はテーブルを叩いたのです。

 

 ロシアも中国も、その歴史を見ればわかるように、おのれこそが一番と、どこの国よりも鼻っ柱が強い政府を持つ国です。

 

 一方は、ヨーロッパから見れば、奥も奥にある寒い国で、持てる国土は大きいものの、役立つ国土はさほどではありません。  

 また一方も、アジアでは極めて広い国土は持っているものの、沿岸部を除けば、不毛の大地が連なっているのです。

 そのことが、ある種の劣等感になって、彼らの心情に潜在するかのように、昔も今も、彼らは振る舞うのです。

 

 その振る舞いの第一は、隣地に敵を作ることです。

 ロシアはかつてソビエトとして、隣地にあった国々を連邦に組み入れ、長年の劣等感を解消したのですが、ソビエト崩壊とともに、それも失い、今、ヨーロッパの国々、いや、かつて連邦であった隣地の国からも肘鉄を食らっているのです。

 

 そして、中国は、独裁による国内支配と同じように、東南アジア、南シナ海、そして東シナ海であたかもそこが国内であるかのように振る舞い、ついには、世界からひんしゅくを買ってしまったのです。

 それをごまかそうと宿敵日本を、小日本と小馬鹿にして、敵愾心を煽っては、目をそらしてきたのですが、ここにきて、アメリアが妙に突っかかって来るようになったしまったのですからにっちもさっちもいきません。

 このままでは、今の体制は、党の反対勢力に攻撃の糸口を与え、彼らは失脚する可能性も出てくると言う始末です。

 

 ロシアは、ヨーロッパからの冷たい仕打ちをなんとかしのぐために、中国はアメリカの強硬な対応からなんとか逃れるために、唯一無二の共通する手立てを見出したのです。

 

 それがニッポンです。

 

 人の良い、困っていれば自然に言葉をかけ、支援の手を差し伸べるの国民性を持っているのがニッポンという国です。

 なんだって、平和条約を、なんの条件もつけずに、まず締結しようって、あんなたはいうのかい。

 盗人猛々しいっていうのはお前さんのようなやからを言うんだ。

 戦争に勝って、四つの島を手に入れたと言うが、日ソ不可侵条約を一方的に破って攻め込んできたのはお前さんたちだよ。

 それは、戦争に勝ってとは言わない、侵略行為でかすめ取ったと言うのが正しい表現さ。

 人の良いニッポン人は、それでも、そう言うからには何かあるはずだと、しかも、あいつは柔道の精神を持っていると。

 だから、一丁、かけてみるかと。

 

 何もしないで、ただ、待つだけでは何も始まらないのだから、何かアクションを仕掛けるんだと、それなら、政府のお手並みを拝見しようではないかと、ニッポン人はそう思っているんです。

 

 トランプが笑みを見せないあの米中首脳会議の席上で、日本の首相に対して長らく無粋な表情であったあの中国の主席は、一転、目を伏せ、唇の端に笑みを浮かべて、トランプにむかって、その場しのぎの回答を与えたのです。

 しかし、アメリカの要求を受け入れるわけにはいきません。

 そんなことをしたら、彼は最高権力者としての地位を失うのです。

 そんな時に頼りになるのは、ニッポンです。

 

 かつて米中がいがみ合いを解いたのは、ニッポンでの卓球大会のおりでした。ピンポン外交と言われ、ニクソンは訪中、中国は一気に国際社会に躍り出てきたのです。

 しかし、経済はガタガタです。

 毛沢東があらん限りの権力を使って、経済をズタズタにしてしまっていたのです。

 

 そこでお人好しのニッポンに白羽の矢が立ちました。

 日中友好の美名のもとに、ニッポンは経済援助、技術支援を惜しみなく行ったのです。

 今の中国の経済発展の原点は、まさにニッポンの援助支援の賜物なのです。

 日本人なら決して忘れることのない恩ですが、かの国の政府にはそのような徳目はないようです。

 

 ですから、今、アメリカの周到な攻撃にさらされている中国は、当たり前のように、つい先程までの舌鋒鋭い対日批判を引っ込めて、そっとすり寄ってきているのです。

 

 まぁ、困った隣人たちがいるものです。

 人の良いこの国は官民あげて、支援の手を差し出すのです。

 

 それにしても、あの北の御曹司のいるお国では、人民はたいそう辛い目に遭っているのではないかと。

 あの流れ着く漁船を見てごらんなさい。

 平底ですよ。あれで日本海に出るのは死に行くようなものです。

 そうまでして、我が国の領海にまでイカを取りに行かねばならないのです。

 

 それに比べれば、ニッポン人はお人好しの、良い国だと、すっかり冬模様になった外を見て、思案しているのです。

 


(3) 見たり!売り買いの極意

 

 一気に気温が下がり、書斎の窓際に置かれたハイビスカスも蕾をそれ以上に膨らませることをやめてしまったようです。

 頑張って、実を赤く染めてきたトマトもついにその役目を終えました。

 ウッドデッキには、ソラマメやエンドウマメ、それに芽キャベツといった、冬に強い植物が頑張っています。

 

 今年は、蝋梅のふくよかな香りを放つ花も多くは咲きません。

 整枝したからです。

 それでも、紅梅やアカシアは、花芽を膨らませてくるのですから、楽しみなことです。

 

 そうそう、先だって、ちょっとした体験をしたんです。

 筑波山に観光に行った折のことです。

 ケーブルカーの駅あたりに、いろいろなものが路上で売られているんです。

 

 滋養ある自然薯、筑波山の中腹で栽培されている小さなミカン、干し芋にごんぼの漬物、それに、中には手作りの人形なども。 

 

 その中の一軒の露天、多くの品物に値段がつけられていないんです。

 どこかに書かれているのかなって、目をキョロキョロさせるんですが、その店には何もないんです。

 そんなんでは売れないだろうにって、そう思ったのです。

 

 だから、そこにいたおばあさんに、それが欲しい時は値段を尋ねる必要があったのです。

 違う店で、同じようなものがいくらで売られていたはずというのを念頭に入れて、私、そのおばあさんに問うたのです。

 そしたら、いくらで欲しいって、茨城特有の訛りのある言葉で言うのです。

 あっちの店では、いくらいくらだったと言いますと、そんなら、それでいいって、そう言うんです。

 だから、聞いた手前、それを買うことにしたのです。

 

 買ったのは自然薯です。

 これはおまけだって、一袋のみかんを付けてくれるのです。

 こういう時って、嬉しいものです。

 向こうの店では、この小さいみかん百円で売っていましたから、それと同じのを一袋いただいたと言うわけです。

 

 そういえば、私たち、こうした形で、ものを売り買いする場面をすっかりと失ってしまっていたなって思ったのです。

 

 コーヒー豆が欲しいと思ったら、専門店に行って、並んで、どれそれを100グラムなんて買って、時には、店員さんとこの豆はどんな味なんて聞いたりして、時には、こちらの豆もお試しくださいって、一杯分をおまけにもらったりするそんな場面をすっかりなくしてしまったって、そう思ったのです。

 

 今、私は、ネットで、豆の状況を読んで、それを購入した人の意見も読んで、そして、キーボードを威勢よく叩いて買っているのです。

 そして、数日後には、丁寧に梱包されたコーヒー豆が大量に届くのです。

 何故、大量かといえば、そうしないと郵送料を取られるからです。

 

 そんなことを至極あたりまえにしてしまっているのです。

 そんなことに慣れてしまっている身ですから、あのおばあさんとの会話を二、三しての買い物は、久しぶりのことであったのです。

 

 そうそう、おばあさんに、なぜ、値札をつけないのって、どの客も、他の店の値段を見て、買っているよって、自然薯とみかんを手にして問うたのです。

 

 面倒だからって言うのがその答えでした。

 

 もう歳だからよぉって、そう言って笑うのです。

 私の店は、他より品物がいいとか、味は抜群だとか、そんな洒落たことは言わないのです。

 面倒だからって、そして、お客さんとこうして話すのも楽しかんべって、笑うんです。

 

 アジアを旅して、買い物をする時、幾らかやすくしてもらうのが楽しみです。

 いや、だからと言って、その値段はたかが知れているんです。日本円にすれば、二十円かそこらなのですが、それでもそれをするのは、売り手と買い手のやり取りを楽しんでいるからだって、今更のごとく、感じるのです。

 

 シェムリアップで、オートバイの後ろに人力車の座席をつけたようなトゥクトゥクと言う乗り物があります。

 ホテルを出て、流しのトゥクトゥクを拾いました。

 1時間ばかり、観光をしたいって言ったんです。

 そしたら、10ドルだって言うんです。

 高いか、安いのか、わかりません。

 

 トゥクトゥクの運転手が、政府が公認している証しの番号が付いているジャケットをつけていますから、どこかに連れて行かれて、身ぐるみはがされることもないと、私は安心しきっています。そして、8ドルでどうだと値切ったのです。

 運転手は、いいと仏頂面でいい、頭を軽く振って、乗れって言います。

 

 当時、シェムリアップのたった一つある信号の交差点を颯爽と走り抜け、オールド・マーケットのある川沿いの道をひたすら走り、すれ違うトラックの埃にあたふたするような郊外の道を走るのです。

 一体全体、どこへ連れて行こうって言うのか、こんな人里離れたところへと、一抹の不安を抱きながら、運転手の汗の匂いを含む風を受けながら、私が乗ったトゥクトゥクはとある寺院に入っていったのです。

 

 そこには、円筒形のガラスケースの中に頭蓋骨がこれでもかと入ったものが置かれていました。ポルポトの兵士に殺された人々のものです。

 

 トゥクトゥクの運転手は、それを指差して、よく見ておけって、そんな仕草をしたのです。

 

 帰りは一挙に寄り道もせずに、私の宿泊するホテルの門まで送ってくれたのです。

 予定の1時間を十分ほど過ぎていました。

 トゥクトゥクを降りると、運転手はニコリともせずに、去って行こうとしました。私は、ヘイ、ドライバーと呼び戻し、ポケットにあった乗る前に支払った10ドルの残り銭2ドルを渡したのです。

 運転手は、ありがとうとも言わず、笑みの一つも浮かべることなく軽快なエンジンを立てて去っていったのです。

 

 でも、私は殊の外満足でした。

 こびへつらうこともなく、余計な儲けを手にしようと言う欲もなく、真面目に仕事をしている運転手に好感を持てたからです。

 

 それに、値切った2ドルを渡せた満足感もあったのです。

 そこにこそ、現代の私たちが忘れがちな、売り買いの極意があるのではないかって思ったんです

 


(4) 私の「親中」時代

 

 それは黄色の表紙の上下巻二冊の教科書でした。

 「汉语基础」と表題がついていました。

 

 おそらく、私が教科書として使ったものの中で、もっとも、過酷に使った一冊であったと思っているのです。

 なぜなら、原型をとどめないくらい、その教科書は壊れてしまっているからです。

 つまり、私はこの教科書を使って、人生の中で、もっとも勉強したと言うことになります。

 

 日中国交が回復した当初、それでも、私のクラスには十三名の学生しかいませんでした。ところが、一級下から、クラスの人数は、三倍になっていくのです。

 

 友好関係がいかに勉強のありように変化を与えるのか、目の当たりにしたことを覚えています。

 

 そして、私たちは、黄色の表紙の「汉语基础」を使って、勉強をしたのです。

 この教科書は、中国が世界の中国語学習者にと作ったものです。ですから、説明書きはすべて英語でした。

 私は、ですから、中国語と英語をあわせて勉強することができたのです。

 しかし、中国で作られた教科書ですから、中国政府の思惑が色濃く出てきます。

 

 ですから、私、一時、「洗脳」されて、「親中」派になっていた、そう言う時期があるのです。

 

 「毫不利己,专门利人、艰苦奋斗的理念」

 毛沢東が新中国を建国、素晴らしい国にするために掲げた理念です。

 おのれを利することはしない、もっぱらに人を利するのだ。そして、刻苦奮闘する、そんな理念に、資本主義真っ盛り、生き馬の目を抜く競争社会の日本にあって、それは新鮮な言葉として、若き日の私を高揚させたのです。

 

 その毛沢東がしたためた三つの文章があります。

 親しみを込めて、時の中国政府はそれを「老三篇」と呼びました。

 「为人民服务」「愚公移山」そして「纪念白求恩」です。

 

 「人民のために努めよ」は、共産党員として、常に、人民の側にあれと言うことです。

 中国共産党本部のある中南海の正門である新華門には、毛沢東が揮毫したあの独特の文字が金文字で刻まれています。

 それだけ、この言葉は、中国にとって大切な言葉なのです。

 2015年、習近平がオープンカーに乗って、中国人民解放軍を前に軍事パレードを大々的に行ったことがあります。

 テレビニュースの映像でご覧になられた方もおられると思います。

 

 そのおり、習近平は「同志们好!」とオープンカーに設置されたマイクに向かって、幾分無愛想ぎみに言いました。

 すると、解放軍の兵士たちは「首长好!」と答えました。

 さらに、「同志们辛苦了!」と、相変わらず無愛想に習近平が言えば、兵士たちは「为人民服务!」と返すのです。

 これは、何も習近平が初めてではなく、江沢民も鄧小平もそうしてやってきた、言うならば、閲兵時の指導者と兵士がかける言葉のルーチンであるのです。

 

 だから、彼は無愛想だったと思っているのです。

 「为人民服务!」ではなく、「为習近平服务!」ではなかったからです。

 

 「愚公、山を移す」は、中国人にはよく知られた故事を引用し、二つの山のひとつが国民党、もう一つが日本帝国主義、そして、愚公が中国共産党という喩えで語られます。

 その愚公が二つの大きな山に対して地道に闘争を続けていけば、人民が味方してくれると言う話です。

 若い学生たちは、大いに共感する内容です。

 

 偉大なる革命家毛沢東は、また、広報宣伝でも類い稀な能力を持っていたことがわかります。

 

 そして、「白求恩」です。

 見慣れない中国語ですが、Henry Norman Bethune の Bethune の音を漢語にしたものです。

 彼は、「加拿大」の医師です。

 「白求恩」は、ベイチューンと読みます。

 延安で、医療に従事したカナダ人医師です。

 

 カナダでは、さほど有名ではありません。それは彼が共産主義を信奉する医師だからです。

 

 しかし、中国では知らぬ者がいないほど有名です。

 もちろん、あの黄色の表紙の「汉语基础」で学習した世界中の学習者にとっても、己の利を構わず、人民に服務した偉大な人物として認識されているのです。

 

 カナダグースといえば、カナダの高級衣料メーカです。

 取手の学校にいた頃、その学校の修学旅行先はカナダでありましたので、私、その関係で四度ほどカナダを訪れていますから、そのあたりは多少詳しいのです。

 

 カナダのカウチンベストなど、今でも寒い日には羽織っていますが、カナダグースのダウンは高くて手が出なかった記憶があります。

 そのカナダグースの第1号店の北京オープンが延期されたというニュースが新聞の端にあったのです。

 加えて、カナダの観光大臣が中国への訪問を延期したというニュースもありました。

 

 加中両国は、今年を両国の観光年として位置付け、活発に交流をしていたはずなのですが。

 

 とりもなおさず、それらは、カナダが、あの「華為」の幹部を逮捕したからにほかならないのです。そして、カナダが中国の5Gをカナダから排除すると言明したから、いや、それ以上に、中国が二人のカナダ人を、これ見よがしに逮捕拘留したからなのです。

 

 果たして、白求恩同志は、母国カナダと自らが「服務」した中国との間にあって、どちらに味方するのか、ふと、考えてみるのです。

 

 きっと、自らの価値を認めてくれなかった母国カナダより、何十億という人間に、己の存在を知らしめてくれた中国に味方するのではないかと、そんなことを考えているのです。

 

 そして、ちょっぴり悲しい思いになるのです。

 なぜなら、当の中国政府が、あの「老三篇」をないがしろにしているのではないかって、あの黄色表紙の「汉语基础」で学習した「親中」派の私にとっては、最近の彼の国の一連の言動を見て感じているからなのです。

 

 



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