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目次

<目次>

 

 (1) ダメな人たち

 

 (2) 兄弟三人いれば

 

 (3) あぁ、桜エビ、お前もか……


(1) ダメな人たち

 

 新聞紙面には、文豪さえも書き得なかった人生ドラマがあまた載せられています。

 

 かように安い値段で、それを毎日、しかも数え切れないほど、読ませてくれるのだから、そこにこそ、新聞の価値がある、などと一人ほざいているのです。

 

 で、いかなる人生ドラマかって、当然、興味が湧いてくるかと思います。

 

 秋の日のヴィオロンのためいきの みにしみてひたぶるにうらがなしとは、ヴェルレーヌが歌った一節ではありますが、この秋の日に強欲がゆえに身を滅ぼした偉大なる経営者に私は想いを寄せるのです。

   しかも、欧米のジャーナリズムは、罪も定まっていないものを、長きにわたって拘留する非を、声を荒げて攻め立てます。

 

   にも関わらず、年が明けても、さらに睦月から如月に移っても、日本の検察は保釈を認めません。

 己の罪を認めず、それは正当だと言い張る被疑者に対して、日本の検察は、法律に従って、ことを進めているのですから、たいしたものだと思っているのです。

 

 あれだけの人員カットを行い、多くの人に苦境を強いて、しかも残った人には節約を説いた人が、とんでもない額の報酬を、それも内密に受け取るというのですから……。さらには、個人の消費や借金の返済に会社の金を当てるのですから……。

 

 きっと、これは「報い」に違いないって。

 東京拘置所の鉄格子越しに、彼はヴィオロンのためいきを聞いたのではないかと推測しているのです。

 

 長い拘留に業を煮やしたのか、ルノーも彼の退任を発表しました。

 さらには、退任に伴う慰労金の額の大きさを、フランス政府は気にしだしたのです。

 

 一企業の世界ばかりではなく、国際政治の世界でも、劇的なるドラマが展開されているようです。

 

 世界は一体全体どうなっているんだと思うほどの展開です。

 不謹慎ではありますが、面白い。

 実に、愉快だって思っているんです。

 

 熊のような大国が小さな国の船を拿捕したと。

 その理由が、己の不人気を挽回するためのデモンストレーションだっていうのですから、拿捕された小国の軍人はたまりません。

 

 南米で大きな会議がありましたが、北にいい顔を示し、隣国との未来志向を口にしながらも、過去へとばかり話題をもっていく、いや、そうした流れを政府として阻止できない大統領は、多くの個別会談をどうやらそこでは持てないようです。

 

 我が国の首相など、あちこちで彼に出会っても挨拶こそすれ、握手もしません。

 彼の無意味な笑顔は、愚か者のそれであると思っているのです。

 いつの日か、彼もまた、牢獄に留め置かれる大統領になってしまうのかしらって思うと、これまた切なくなるのです。

 

 その国のさらに向こうには、自らを強国とし、任期を永遠に据えた主席がいます。

 

 大江千里が何百年も前に歌い上げました。

 「月みれば ちぢにものこそ 悲しけれ わが身一つの 秋にはあらねど」と。

 

 今、世界から糾弾されて、そんな感じでいるのではないかと推測をするのですが、そう思った途端、彼はさほどの繊細さはきっとないに違いないと考えを改めたのでした。

 

 共産主義の心を持つ人間は、個別の感傷など持ってはいけないのです。

 秋は、すべての人民の上に平等におとずれるものであり、それは唯物的であり、唯心的に解釈するものではない、そう考えるに違いないと思ったからです。

 

 世界に冠たるあのけたたましい大国の副大統領が「態度を改めない限り、我が国は彼に強く対する」と述べた言葉の真意はいかなるものか、それが秋の日のヴィオロンの音を思い、秋の日の月のありようを見て、わかったような気がしたのです。

 

 我々は、お前さんがたが何を言おうと、何をしようと、時が来れば、次の世代によって、それも変わるだろうと期待した。

 しかし、お前さんは永遠の任期を手にした。

 それはいかん、と。

 

 態度を改めるとは、お前さんが若い世代にその職を譲れという意味だと。

 

 これなど、下手な恋愛ドラマなどよりずっと面白い。

 あなたとはもうこれっきり、何を今更お前と俺の仲だろうと、そんな安っぽい会話などより、ずっと愉快であるって思うのです。

 

 そんなことを思っていると、自然と、とある一句が、私の頭をよぎってきたのです。

 

 一人の道が暮れてきた

 こんな良い月を一人で見て寝る

 咳をしても一人

 

 この一人とは、尾崎放哉。

 東大を出るも、酒癖が良くなく、真面目に働くこともできず、金は無心する、まことにダメな人であった方です。

 妻に逃げられ、ご近所からは鼻つまみ者となり、寺男として四十一歳の人生を終えるのです。

 

 こんな人がそばにいたら、本当に嫌になると思います。

 迷惑千万この上ないのですから。

 

 そんな放哉を思うと、世界のトップリーダーたちのわがままなど屁にも思えなくてなります。

 

 <まっすぐな道でさみしい>

 

 そんな一句も、ふと、頭をよぎりました。

 広い平原の中で、ただ一人、そこに佇む、そんな情景が浮かんできます。

 

 もちろん、この句の作者山頭火は、取るに足らない自分なるものを悟っていますが、世界のトップリーダーたちはその境地には至っていません。

 

 同じダメな人になるなら、せいぜい、山頭火あたりにならなくてはと思うのです。

 


(2) 兄弟三人いれば

 

 いつも食べに行くイタリアンのお店、ご夫婦で仲良く、この小さな店をやっています。

 たまに、おすすめのワインをいただきながら、ご主人の作る料理をいただきたくなるのです。

 

 小さいお店ですから、隣の席の方の会話が耳に入ってきます。

 

 相方がいて、こちらも話をしていれば、そんな言葉も耳には入ってきませんが、この日、私はおひとりさまの客人です。

 ですから、否応なくその会話が耳に入ってきてしまうのです。

 

 いや、もしかしたら、私、左の耳をジャンボの耳のようにして、その声を拾っていたのかもしれません。

 

 今の若い人たちは、子供を一人か、多くて二人しか持たない。

 私たちの時代は、三人が圧倒的に多い、そんな会話をしています。

 

 私、自分も三人兄弟だから、妙に納得しながら、その声を聞いています。

 

 三人も子供がいると、一人か、場合によっては二人が使い物にならない、なんてことを、顔をしかめて言っているようなのです。

 

 私の耳はさらに大きく膨らんでいきました。

 

 兄弟の縁を切ったそうです。

 それも裁判で。

 自分たちは高校までしか卒業させてもらっていないけれど、一番下の弟は大学まで出してもらった。やり手で、頑張り屋であったが、働き盛りの頃、何かに失敗したらしい、詳しくは本人が言わないのでわからない。でも、野心家であったから投資か何かをして、それに失敗をして責任を取らされたのではないかって。

 

 兄弟だから、その時は、経済的にも支援をしたけれど、一旦歯車が狂うと人間というのは再起が難しいというようなことも嘆きの言葉と一緒に語られています。

 

 挙句に、親の財産を三等分してよこせと言ってきたというのです。

 どうやら、大学まで出してもらった末っ子と高校までしか出してもらわなかった兄弟二人の対立のようです。

 

 親の面倒を見てきたのは私、仕事も辞めて、かかりっきりになり、その時、弟はうんともすんともでなかった。見舞いに来たこともない。

 そんな非難の言葉が続きます。

 

 友人らしき同じ年ごろの女性が、ウンウンとうなづいています。

 いや、そうであるだろうとこれは私の想像です。

 

 私は、奥さんが焼いたいつものハーブの入ったパンを口に運び、赤ワインを口に含んで、時折、iPhoneに目をやって、何気にしているだけです。

 

 それで、裁判所に親の財産はびた一文弟にはやれないこと、兄弟の縁をきることを裁判所に訴え、裁判所は、それを認めてくれたというのです。

 

 やりきれないって、その女性、友人の女性に言って、そっと手にしたハンケチで目をふきました。いや、もしかしたら、料理を口に入れた後のその口元を拭いたのかもしれません。

 

 この二人、話に熱中しながらも食欲旺盛で、皿の上の魚のソテーと温野菜を口に運んでいたからです。

 皿を突っつくナイフとフォークのせわしない音が引き起こした、私の想像ではありますが。

 

 私は、二人の娘のそれぞれの二人の孫たちを思いました。

 

 上の子は、確かに落ち着いている。下の子は、上の子の持つものをいつも欲しがり、それが叶えられないと親に言いつける。親は、上の子に我慢を強いて、下の子の横暴なる要望に沿って、兄弟間のささやかな問題を解決する。

 

 もしかしたら、この関係、大人になっても同じような仕組みでなされるのではないかしらって、そんな懸念を抱いきながら、私、ちょっと不安になったのです。

 

 上の子に、生活費をたかったり、借財をしたり、挙句に、裁判で縁を切られたり……

 

 私は、そんなことを考える私の脳をそれとわからぬように振って、気色悪い観念を振り払うのです。でも、あり得ぬことと確信があるわけではありません。

 

 兄弟とはいえ、それぞれの人生を生きるわけです。

 血のつながりがあれば、助けてやるのは当たり前だって、でも、同時に、それが未来永劫続くとしたら、どうなるのかって。

 いかに、兄弟とはいえ、それぞれが独立したら、家庭を持ったら、そうそうできようはずもないと。

 

 だって、子供に金はかかる。住宅ローンもある、車だって、入り用の金ばかりで、兄弟とはいえ、そうそう融通できるものではない。

 

 なんだか、今日のレストランでの食事がつまらないものになってきてしまったのです。 

 

 そんな時、ゴールドコーストに暮らすGOKUからラインが入ってきました。

 GOKUのおうちにきてもいいよって、いつものお誘いです。

 

 そして、どこにいるのと、いつもと違う背景に問われます。

 

 ここはGOKUも先だってやってきて、美味しいピッザを食べた店です。料理を持ってきてくれた奥さんが、GOKUの姿をiPhoneに認めて、声をかけてくれます。

 私が外にいるというので、いつもは長いラインも、この時はすぐに終わりました。

 

 GOKUがLALAを抱っこするから見てと言って、その様子を見せたくて、ラインをよこしたのでした。

 

 LALAちゃんを大切にするんだよって、私、ちょっと小さな声で言って、ラインを切ったのでした。

 ラインを切ったiPhoneを手にしたまま、私は先だって四人の孫たちが一堂に会した写真、それを実は待ち受け画面に使っていたのですが、その映像が目に入ったのです。

 

 そして、この四人が、兄弟、いとことして、相手に迷惑をかけないよう、それぞれの人生を歩んでいけるようそっと願ったのでした。

 

 奥さんが最後の料理を持ってきてくれました。

 そして、言うのです。

 「ワイン、もう一杯、持ってきましょうか。」って。

 私は、勧めに従って、もう一杯のワインを注文し、それを待って、最後の料理を頬張ったのでした。

 

 料理の名前は、「筑波地鶏のソテー 温泉卵添え」でした。

 なんだか親子丼のような料理でした。

 


(3) あぁ、桜エビ、お前もか……

 

 あれだけの国の指導者が集まっても、何ら一つの問題も解決はできないんだって、そんなことを思い、だったら、世界はどうなっていくんだろうかと不安も増してくるのです。

 

 南シナ海の問題は、微動だにもせずに、そのままの形で残り、このまま棚上げになってしまうのかしらって。

 ロシアのウクライナ艦船の拿捕の問題、これもうやむや。

 米中の妥協など、まさに茶番であると思うのですが、マスコミは、これで危機的状況は避けることができたと論陣を張ります。

 

 もっとも、受け入れがたいのは、殺害の首謀者ではないかと疑念が保たれている王子さまが会議に参加したことでした。

 今の世界を動かしている指導者の誰も、そのような疑念が持たれている者を、国際会議には参加することはよろしくないと言わないのですから。

 

 そうした中、日本はロシアと平和条約を結ぼうと八方手を尽くしていました。

 

 今の政権には、もしかしたら、決定的な算段があるのかもしれませんが、今は、誰にも、それは見えていません。でも、膠着した状況を打破しようとする動きは、何も解決できない中で、一縷の望みになっていることは確かです。

 

 何故、問題を解決できないのか。

 あの学校でも、あの病院でも、あの会社でも、トップに立つ者たちが、目の前の問題を解決し、学校を、病院を、会社を前進させているのです。

 でないと、潰れてしまうからです。

 だから、必死なんです。

 でも、国家の指導者はそうでありません。

 

 「棚上げ」という奥の手があるからです。

 

 問題の解決を引き延ばすことは、政治の世界ではありうべきことであるのです。

 北方四島の問題が七十年にも渡って、そうして棚上げにされて、今や風前のともしびのようになってしまいました。

 同じように、ウクライナの問題も、南シナ海の問題も、五十年先も同じようにあるのではないかと懸念するのです。

 

 かつて、毛沢東が言いました。

 尖閣の問題は、後世の人間の知恵に任せようと。

 だから、今は、何よりも日本の技術を、支援を、そして、友好を大切にしようと。

 毛沢東の心意気に感動し、日本は官民あげて、技術をオープンにし、支援をし、友好をうたってきました。

 ところが、かの国が力を付けると、後世の人間の知恵ではなく、強権でもって、掌を返したように攻め立ててきました。

 

 きっと、毛沢東は、もっと後世の人間の知恵を期待していたに違いないと思っているのです。

 

 人が関与する問題は、心持ちひとつで、遅らせたり、早めたりすることができます。

 

 プーチンが、日本の平和条約への前向きな姿勢に感じ入り、懸案になっている四島を一括返還するなんてこともありうるのです。

 習近平が、アメリカから仕掛けられた貿易戦争からの被害をいくらかでも少なくするために、日本に対して、尖閣は日本の主張通り、日本領と認める、中国人民はその旨了解せよということもありうるでのす。

 

 だって、ゴルバチョフは、ソ連を、あのアメリカに対して唯一敵対したソ連を、人類の歴史上初の社会主義国家ソ連を、崩壊へと道づけしたのですから。

 誰が、あのソ連の崩壊を予想したでしょうか。

 誰も、そのようなことは予想だにしなかったのですから、人間のやることは何とも奇妙奇天烈なことです。

 

 今の国家の指導者の誰かが、今ある体制をちょっと覆すだけで、つまり、問題を解決する勇気を持つだけで、世界は変わるのです。

 今年の後半に開催された諸々の会議で、それがなかったことは極めて遺憾なことだと、私、密かに思っているのです。

 

 人事には、幾分の可能性があると説いたのですが、自然の現象についてはそうはいきません。

 

 私には、非常に切ない一例が心に突き刺さっているのです。

 

 それは、桜エビの不漁という一例です。

 この夏、伊豆を旅しました。

 ホテルで出される予定の桜エビが、しらすに変わっていました。そのしらすもホテルが独自に開拓したルートからの仕入れで、わずかな量しかないというのです。

 

 夏に伊豆に行く前、相模湾でしか取れない桜エビを堪能したいと思っていました。

 伊勢海老が持つ匂いが私は苦手で、アワビのあの形も気味悪く、私は桜エビこそがまさに極上のご馳走だと思っているのです。

 

 ところが、春、その桜エビは歴史的不漁で漁を断念したのです。

 原因は、取り過ぎ。

 もっというなら、私と同じにそれを好む者の食べ過ぎだとか。

 ならば、秋の漁に期待しよう。少しは回復するだろうと思って、秋漁の解禁を待っていたのですが、資源調査の結果、状況は芳しくないというので、漁協は操業自粛を決定したというのです

 

 政治家がその気になればいくらでも解決できる問題とは異なり、自然の問題は、一朝一夕では解決が不可能です。

 ニシンがそうであったように、一旦破壊されたものはそうそう簡単に復活はできないのです。

 

 あぁ、愛しの桜エビ、汝らは相模湾の深海で何をしているのか。

 


奥付



ダメな人たち


http://p.booklog.jp/book/125095


著者 : nkgwhiro
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/nkgwhiro/profile


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