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あとがき

あとがき

  

  最後まで読んでくださり、有り難う御座います。

  

  「まえがき」にも書いたように、日本は進化論が世界で一番普及している国です。そしてその背景には、日本に聖書的な思想が入り込まないように神経をとがらせた、明治政府の思惑がありました。

  教育システムは進化論を無批判に教え、創造論についてはその存在さえもほとんどの人が知らないほど、この洗脳は成功しています。

  かくいう私も、人はサルから進化したと、何の疑いもなく信じ、聖書の世界を他の神話と同じおとぎ話と思っていました。

  

  そしてこの洗脳のもっとも恐ろしいところは、誰もがその土台にある「神はいない」という信仰を、いつのまにか無条件に受け入れさせられている点にあります。

  日本人に対する福音宣教が困難を極めている理由のひとつには、きっとこの進化論の普及があるのだと思います。

  

  また教会から離れるクリスチャンが多いのも、ひょっとしたらこの進化論の普及に理由があるのかも知れません。

  たとえ教会で聖書的な価値観を学んでも、会社や学校、またテレビやマスコミなどを通じて、いつでもどこでも大量にこの「神はいない」というメッセージを聞き続けたら、救いは放棄せずともいつの間にか信仰が冷めてしまうのかも知れません。

  

  そのような日本の状況を憂う思いから、日本人の救いと信仰者の理論武装のために、本書を執筆いたしました。

  「おことわり」にも書いたとおり、本書はkindleトラクトとして3か月に一度の無料配布をする予定です。内容にご賛同いただけた方は、ツイッターやブログでアナウンスしますので、その際には配布にご協力して下さると嬉しいです。

  

  また他のkindle本でも、Amazonやブログでの書評や、評価などをして下さり、ほんとうに有り難うございます。読んでくださる方々の反応があるので、著者としてやりがいと励ましを受け取っております。

  本書も評価を付けてくださると嬉しいです。

  

  特に本書の内容は、社会派リベラル派と呼ばれるクリスチャンからも、批判を受けやすい内容です。また、話しが複雑になりすぎるといけないので本書ではふれませんでしたが、ニューエイジ的な影響があると思われる「有神進化論(ゆうしんしんかろん)」を信じる人々の批判があるかも知れません。

  読者の皆さんが「聖書はすべて神の言葉」と信じるキリスト者で、本書の内容にご同意くださったのなら、簡単なもので結構ですので是非ともAmazonの書評欄にひとこと推薦のことばを頂ければとても有り難いです。

  

  他書とおなじように評価して下さっても直接のお礼のコメントは致しませんが、この場を借りて感謝申し上げます。

  

  読んでくださった方々の上に、主イエスの平安がありますように。

                                                                            モトイ・トクメイ

                                                                                        

 


付録

付録

  

  下記にキリスト者となった方々への、クリスチャン生活の簡単なガイドラインをお示しいたします。項目別に書かれていますので、ある程度の指標として下記をご活用下さい。(「付録」は他のkindleトラクトに付したものと同一の内容です。)

  

  クリスチャン生活は神との歩みです。そこには時として例外的なことや、個人的なこと、特別なこともあると思います。そのときは祈りによって、そのつど答えを神から頂いて下さい。

  

  

  祈りについて

  

  祈りは神との会話です。生活のすべての瞬間において神の語りかけを期待し、自分からも神に語りかけるべきです。でも最初のうちはある程度、祈りの形式を利用したら良いでしょう。その祈りの形式は下記の聖書箇所の、キリストの言葉を根拠としています:

  

  

ヨハネによる福音書16章23節24節

 

その日には、あなたがたがわたしに問うことは、何もないであろう。よくよくあなたがたに言っておく。あなたがたが父に求めるものはなんでも、わたしの名によって下さるであろう。

今までは、あなたがたはわたしの名によって求めたことはなかった。求めなさい、そうすれば、与えられるであろう。そして、あなたがたの喜びが満ちあふれるであろう。

  

  

  この御言葉から祈りの形式を一言で表わせば、「天の父に対して主イエスの御名で祈る」と言うことになります。

  

  イエス・キリストご自身は、天の父を「アバ」と呼んで祈られました。この「アバ」という言葉は日本語聖書では「父よ」と訳されることが多いですが、実際にはもっとくだけた語りかけです。それは例えば「お父さん」という訳さえもふさわしくなく、「お父ちゃん」とか「パパ」ほどの、ものすごく大きな親しみと信頼を込めた表現です。

  

  主イエスを信じ受け入れた者は神の子どもです。天の父なる神の前で大胆にすべての思いをさらけ出し、最後に「主イエス・キリストのお名前で祈ります」と祈れば良いでしょう。最初は形式が必要でも、しだいに自由に祈れるでしょう。とにかくいつでも神を意識して祈ることです。

  

  そのうちに神があなたに語りかけていることが分かり、そのことを証明する数々の事象があなたの周りで起るでしょう。その時あなたはつくづくと「クリスチャンになって良かった」と、幸せを感じるでしょう。この感覚こそ、あなたのうちに住まわれる聖霊なる神とあなたの交わりの時です。どうぞその瞬間を楽しんで下さい。

  

  またいつも神との交わりを保つ信仰とは、同時に携挙の信仰でもあります。携挙とは世の終わりの神の怒りが地上に下る時代の前に、キリスト者が奇跡的に地上から取り去られ天に迎え入れられる現象のことです。このとき、いつも主イエスの御名で祈りつつ、地上を神とともに歩んでいた人々が天に引き上げられます。新約聖書時代のキリスト者が、この携挙信仰を持っていたことを示す聖書箇所を、注釈にてお示しいたします17。

  下記に引用する新約聖書のテトス2章11節から13節は、このキリストと常につながる「(キリストの現れを)待ち望む」信仰そのものに「祝福」が約束されていると述べる聖書箇所です:

  

  

:11 すべての人を救う神の恵みが現れた。

:12 そして、わたしたちを導き、不信心とこの世の情欲とを捨てて、慎み深く、正しく、信心深くこの世で生活し、

:13 祝福に満ちた望み、すなわち、大いなる神、わたしたちの救主キリスト・イエスの栄光の出現を待ち望むようにと、教えている。

  

  

  すでにキリスト者となった読者の皆さんは「不信心」はすでに捨てています。

  でももし「この世の情欲を捨てて、慎み深く、正しく」生きるという個所を読んで、そんな生き方をすることに自信がなくても、ご安心下さい。神とつながり続けて、“いま”という瞬間にキリストの現れを求め続ける「待ち望む信仰」を続ける信仰によって、神によって人は変えられていくのです。

  つまり「信心深くこの世で生活」するということは、神に触れ続け変えられ続けることです。決して自分自身で、罪を犯さないように努力して生きる生活ではありません。

  

  そして上記の聖句にはこの“いま”キリストを「待ち望む」祈りの生活は、「祝福に満ちた望み」であると述べます。

  生きている間にキリストの現れを待ち続け祈り続けることは、祝福に満ちあふれるという約束のともなった信仰態度です。これを携挙信仰と呼びます。

  

  この携挙信仰はキリスト者の基本的な祈りの姿勢です。そして特にいまは携挙が刻一刻と近づいている時代であると、著者である私は特に強調しておきたいと思います。

  

  

  聖書の通読について

  

  祈りと同様にキリスト者として大切なのが聖書を読むことです。

  

  祈りが神との会話であるなら、聖書は携帯電話と表現できるかもしれません。

  携帯電話を手に入れても、使わなければ相手と話せません。同じように聖書を手に入れても、相手である神様と交わること無しには意味がありません。

  聖書を読むときはどの聖書箇所を読むにしても、神の声を聞くつもりになって読むと良いでしょう。

  このような聖書の読み方を続けると、聖書を読むことと祈ることが同じように感じてくるでしょう。そのような時間はキリスト者としての至福のひと時です。その時間を毎日、なるべく定まった時間帯に続けて下さい。

  

  幸いなことに日本国内では聖書を持っていても罰せられず、ちょっと大きな書店ならどこででも手に入ります。

  色々な翻訳がありますが、口語訳、新改訳、新共同訳の三つが無難でしょう。最低この三つの訳をご自分で確かめて、しっくりくるものを選べば良いでしょう18。

  

  また新約聖書のみの薄いものもあります。金銭的余裕があれば新約聖書のみの軽くて薄い物を先に買い、いつでもどこでも読む癖をつけるのも良いかもしれません。旧約聖書は新約聖書を数回繰り返し読んだあとで読むと、理解がかなり違うはずです。

  

  最近はスマートフォンのアプリにも日本語聖書があります。しかし私はこれを先に使うことは、あまりお勧めしません。なぜなら聖書は神との対話の道具であり、また同時に自分の信仰生活を記録するノートのような側面もあるからです。

  

  読んで感動したところに様々な色で線を引いたり、疑問に思ったことや発見したことを、聖書の余白に記入することはとても楽しい時です。

  そして繰り返し読むことによって、そのような記入から神様が自分の成長を見せてくれるときもあります。

  それゆえにまずは紙の聖書を手に入れ、自分なりの工夫によって読むことをお勧めします。携帯アプリを使って読むことも補助的には良いでしょうが、自分の手で線をひいたりメモを残すような聖書の読み方をお勧めします。スマートフォンアプリはあくまでも、聖書を持ち歩けないときやとっさに検索したくなったときなどの、補助的な意味で使えば良いでしょう。

  

  ご参考までに、私の聖書への書き込み方法をご紹介します。

  私は米国留学中に新共同訳の、日英対訳の新約聖書を読み始めました(英文は New International Version でした)。そしてクリスチャンになってから帰国し、新改訳聖書を購入しました。その理由は、新改訳聖書にはチェーン式という解説付の聖書があったからです。それ以来その大型聖書に線をひき、気付きや感想などの書き込みもしています。

  

  新改訳聖書にも色々あるようですが、チェーン式は解説もあり、余白も他の版よりも広いのでお勧めです。

  

  線をひく際には5色のボールペンを用いています。私個人のルールとして、赤は伝道用にもなる聖句、青は自分への戒め、緑は感動や恵みを受けたと感じたとき、黒は知識欲を刺激されたとき、そして紫色は世の終わりに関する聖句につけています。

  このように色で分けると、何かの理由で聖句を探すときにとても役に立ちます。このルールはもう15年以上変わっていません。

  

  線の引き方も聖句を読んだ時の印象の度合いによって変えています。一言でいえば重要だと思えば思うほど、大げさな線にしています。たとえば、聖句の右脇にひくもの、上をひくもの、聖句全体を箱で囲むものなどです。

  

  何度も通読しているうちに、何色もの線によって色々な印をつけられた聖句も出てくるようになりました。このような聖書通読は、とても楽しい神との対話のひと時です。

  

  はじめは鉛筆のみで線をひいていました。それゆえに鉛筆の書き込みが現在はとても懐かしさを感じる記述になっています。

  

  あるときなどはファミリーレストランで紅茶を聖書にこぼしてしまい、慌てて拭いたもののしっかりとシミが残ってしまいました。くやしかったので黒のボールペンで「〇月〇日何時何分、ファミレス〇〇にて紅茶をこぼす」と記入しました。その後何度か聖書を通読するうちに、神様がその紅茶のシミから色々語って下さるというような、神様との小さいけれども不思議な個人的対話も経験させてもらえました。

  

  シミや皺、また汚れの部分も含めて、いまではその聖書のすべてが私の宝となっています。紙の聖書を使いこなすということは、神の語りかけを受け取る信仰の良い訓練になると思います。

  

  

  教会について

  

  神に触れられてキリストを信じ受け入れたものの、教会につまずいてしまい信仰が冷めてしまったという話を時々聞きます。残念なことですが本当のことです19。それでも聖書には、神が教会を通して様々な知恵を与えて下さるという約束があります20。この場合「教会」とは宗教団体や教団教派ではなくて、キリスト者が主イエスの御名によって集まる、ふたり三人以上の集まりのことです21。それゆえなるべくキリスト者同士の交わりとは、どこかでつなることがキリスト者にとっては安全であると考えます22。

  

  また完璧なキリスト者など存在しないのと同じように、完璧な教会も探し得ないことをあらかじめ考えに入れておくべきだと思います。さもないと自分好みの教会を気ままに探して転々とするような、いわゆる教会ジプシーになってしまい、教会批判が癖になってしまいます。

  

  そればかりか「キリストは信じるが、キリスト者には失望した」と言うような思いから教会に愛想を尽かしてしまい、現代の隠れキリシタンと化することもあり得ます23。

  異端やカルトは避けなければいけないことは言わずもがなですが、プロテスタントの教会でも完全に納得できる場所はないと、あらかじめ心得ておきましょう24。(異端やカルトについては、後に示すガイドラインを用いれば自然と避けられるでしょう。)

  

  またネット上でメッセージを聞くことだけに留まることや、ツイッターやフェイスブックなどのSNSの中だけで、キリスト者の交わりを保つことはとても危険であると思います。その理由は、ネットでのつながりの多くが匿名の無責任なものであるからです。

  そのためにネット上でたとえキリスト者とつながりを保っていると思っていても、それは自分の好きなことを言う人々と、好きなことを言い合っているという、キリスト者の霊的成長とは無縁の時間を過ごしてしまう可能性のほうが多いからです。これは暇つぶしには良いかもしれませんが、時間の無駄であって惑わしであるとさえ言えるのではないでしょうか。

  

  それゆえにスカイプなどの実際にはあわない交わりも含めて、ネット上でのキリスト者との「つながり」に、過度に期待することは避けた方が良いでしょう。

  キリスト者はやはり、主イエスの御名によって「集まる」ことを求めるべきです。

  

  

  以上のことを踏まえて、下記の教会探しのガイドラインを参考に用いて下さい。

  

  

聖書は神の言葉

  

  教会のなかには「聖書は人の言葉と神の言葉が混じり合ったもの」と教える人々がいます。彼らのことを「自由主義派」とか「リベラル派」、または「社会派」と呼ぶこともあります。

  反対に「聖書はすべて神の言葉」と信じる人々は「福音主義派」と呼び、その中のさらに聖霊なる神の奇跡を主張する人々を「ペンテコステ派」と呼びます25。

  

  読者の皆さんにここで教団教派の混乱ぶりを示して失望させないために、ここでは一言「聖書はすべて神の言葉であると認めている教会を選びましょう」とまとめておきます。

  「三位一体の教え」や、「キリストが神であるのに人として来られた」という教義についても大切ですが、それらの大切な教えを一つ一つ調べて確認することは大変なことです。それらの細かい点も「聖書はすべて神の言葉」と信じていることがクリアしている教会ならば、いちいち調べる必要はないと思います。

  

  

  偶像がある教会を避ける

  

  この場合の偶像の意味は、人の手で作ったさまざまな像の総称です。これらの像のある教会を避けることは、キリスト者もあまり強調しない意外なことですが、異端やカルトを避けることに大きな見極めの働きをします。

  崇拝するしないの問題ではなく、像がある教会は避けたほうが無難です。また十字架のない教会も警戒するべきです26。

  (事実、とあるカルト化した教会には十字架はないのに、像はオブジェとして飾ってありました。断言できませんが、おそらく像を飾ったり十字架を置くことをやめたりすることの背景には、霊的な惑わしの影響があるものと考えられます。これは私の実感からのアドバイスです。)

  

  

  牧師夫妻と子供との関係

  

  これも私の実感からのアドバイスですが、牧師夫婦の間に会話がなかったり、仮面夫婦であったり、子供との関係がうまく行っていない牧師の教会に通うことはお勧めできません。その理由は、教会にあらわされる神の恵みを最初に滞らせてしまう可能性のある人物が、牧師本人だからです。

  

  牧師は霊的な攻撃にさらされやすい立場にあります。例えば肉的な弱さが惑わしの攻撃にあい、その影響が金銭や女性問題、他教会への執拗な見下した発言などの無意味な優越意識に形を変えることがあります。

  そしてこれらの問題は教会全体へと根を張ります。何かがおかしい教会の、おかしい何かをたどっていくと、往々にして牧師に行きつくことがあります。それゆえに、牧師の人間関係、特に肉親との関係で判断することはとても有効です。

  

  もちろん牧師の家庭といえども、絵にかいたような幸せな家庭は多くないかもしれません。しかしながら他の点、例えば信徒に仲の良い友達が出来たからという理由によって、牧師の品性や人間関係のまずさを見過ごして、その教会に通い続ける事はお勧めしません。

  あとあと後悔しないためにも最初から意識して、牧師とその周りの人々の関係に注目して教会選びをしましょう。

  

  また洗礼を受けることは、霊的な守りを受けることになると私は考えます。そのためにもなるべく早く教会に連なり、洗礼を受けるようにお勧めします。

  

  

  

  以上、たくさんのことを述べてきましたが、最も重要なことはつぎのことです。すなわち、キリストを信じ受け入れた読者の皆さんが、もはや罪を罰せられる者としてではなく、神の救いを受け取った者としていつでも堂々と神の前に立つことができる、と言う事実です。この事実はキリスト者の特権です。

  

  キリストを信じた瞬間に、キリストのゆえにその人は、神の前にすでに聖なる者とされています。そして神とつながり続けることは、その人を内面から変え続けます。心の癒やしや祈りが答えられることも、神との交わりが深くなるにつれ、これからたくさん経験することになるでしょう。

  

  

  ひょっとしたら地上でもお会いすることになるかもしれませんが、皆さんと天にてお会いすることを楽しみにしております。

  

                                                                            モトイ・トクメイ

 


お勧めネットメディア

お勧めのネットメディア 

 

 良いメッセージを聞き、神に感動することはキリスト者の成長にとってとても重要です。以下に信頼してお勧めできるネット上の情報源を、ごく一部ですがご紹介します:

 

 

聖書と福音

http://www.biblegospel.org/

毎週日曜日に関西ラジオで放送している15分番組。10分のメッセージと4分ほどの賛美音楽。上記サイトでは10年分以上の音声ファイルにアクセスできる。メインメッセンジャーの高原剛一朗師のメッセージは特にお勧め。とても元気になれるメッセージ。一押しのネットメディア。

 

 

ハーベスト・タイム・ミニストリー

http://www.harvesttime.tv/

かつて同名のテレビ番組を放送していた中川健一牧師のサイト。無料の動画メッセージはジャンル分けしてあるので、学びとしてもとてもお勧め。どのメッセージも聖書からの恵みを受け取れますので、聖書が分らない人から成熟したクリスチャンまで、どこから聞いてもお勧め。

 

 

日本CGNTV

http://japan.cgntv.net/

韓国発の福音宣教テレビ局の日本局。子ども向けや大人向けまで、色々な番組アーカイブがそろっている。すべての番組が面白いわけではないが、多くの牧師のメッセージに触れることができる。大小様々な教会を取材する番組もあって、教会の雰囲気も知ることができる。

 

 

BBN聖書放送

http://www.bbnradio.org/WCM4/Default.aspx?alias=www.bbnradio.org/wcm4/japanese

世界14カ国に9カ国語で24時間放送しているラジオ局のインターネット版。上記の高原剛一朗師も、ときどき登場する。全体的にのんびりしすぎた雰囲気があるので、聞く人によって好き嫌いが分かれるようだ。

 

 

 


参考文献

参考資料

 

池田敏雄/片岡瑠美子/松村菅和/結城了悟 共著 「最後の迫害」 六甲出版 1999年

 

宇佐神正海著 「崩壊する進化論」 マルコーシュ・パブリケーション 1993年

 

久保有政著 「新・科学の説明が聖書に近づいた」-地球史篇ー レムナント出版 1997年

 

久保有政著 「天地創造の謎とサムシンググレート」 学習研究社 2009年

 

津山千恵著 「日本キリシタン迫害史」(一村総流罪3,394人) 三一書房 1995年

 

ケン・ハム著 宇佐神正海訳 「進化論-偽りの構図」 クリエーション・リサーチ・ジャパン 2009年

 

ジョナサン・サーファティ/カール・ウィーランド共著 「アンサーズブック」 ICM出版 2004年

 

フランシス・ヒッチング著 「キリンの首」(ダーウィンはどこで間違ったか) 平凡社 1987年

 

ヘンリー・モリス著 「科学は聖書を否定するか」 CRJ出版 2006年

 

ヘンリー・モリス著 「世界の始まり」(創世記1~11章を科学から見る) ホーム・スクーリング・ビジョン 2006年

 

ヘンリー・H・ハーレイ 「聖書ハンドブック」 いのちのことば社 1953年

 

Phillip E. Johnson Defeating Darwinsim by Opening Minds (Lawyer Puts Darwinism on Trial)  IVP Books 1997

 

 

インターネット放送:

 

聖書と福音 2012年6月17日放送「花蜂蘭から見えてくる神の愛」

(サイト: http://biblegospel.org/zen2/z638.html )

 

 

ハーベストセミナーDVD:

 

安藤和子博士

「進化論か創造論か」完璧な者として想像された世界・いのち・人間

 

 

パソコンソフト:

 

「聖書の達人2」より

  新聖書辞典

  新キリスト教辞典

  実用聖書注解

 

「J-ばいぶる2008」

「J-ばいぶるGREEK」

「J-ばいぶるHEBREW」

 

 

(本書の聖書引用は特におことわりしない限り、口語訳聖書を用いています)

 


著者紹介

著者紹介

 

モトイ・トクメイ(基・督命)。本名:三戸部舟介。

 

昭和45年(1970年)生まれ。

 

University of the District of Columbia (米国ワシントンDC市の市立大学)卒業(専攻:政治学)。

フルゴスペル神学大学大学院修士課程修了(ペンテコステ系教団の純福音教団付属神学校の東京校)宣教学修士。

 

米国留学中に自由主義神学の教会の日本人部を訪問し、信仰告白。のちに現地のメシアニック・ジューの集会(ヴァージニア州のオヘブ・イスラエル集会)に導かれ、そこで洗礼を受け、帰国後は複数の教会を訪問した末に、ペンテコステ系のアッセンブリー教団所属の教会へ通う。そして神学校は韓国系教団の純福音系列を選ぶ。

 

結果的には、あちこちの教団教派を渡り歩いた形に成りました。本書の付録で書いた教会選びのアドバイスは、このような過程で感じた私の体験からお話ししました。

 

 

                          

 

 

伝道用証し動画

「私がキリストを信じた瞬間」ヨハネ15章16節

https://youtu.be/AJbUhSSFWlU

 

 

著書(Kindle):

 

(無料配本)「日本人に知らせたい聖書の終末論」:キリスト教文化圏の終末意識 

http://amzn.asia/3MSbkoD

 

「世の終わりが来る」:オカルトではない本当の聖書終末論 

http://www.amazon.co.jp/dp/B01JG54O2Y

 

「大患難サバイバルマニュアル」:世の終わりの最後の7年のマニュアル 

http://amzn.to/2hpm20I

 

「議論を避けるための大患難前携挙説」上巻 入門編

http://amzn.asia/2ntoLeP

 

「議論を避けるための大患難前携挙説」 下巻 決定版 

http://amzn.asia/9voeump

 

「死にたいあなたへ」:聖書が伝えるまじめな話 Kindleトラクト

http://amzn.asia/eT9vlPe

 

 

伝道用証し動画

「私がキリストを信じた瞬間」ヨハネ15章16節

https://youtu.be/AJbUhSSFWlU

 

YouTubeチャンネル(kirisutoinochi1):

http://bit.ly/1l1UJ9y

 

ツイッター:

https://twitter.com/kirisutoinochi

 

ブログ:

http://kirisutoinochi.seesaa.net/

 

 


この本の内容は以上です。


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