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目次

<目次>

 

 (1) 三角の世界に暮らす

 

 (2) ここに入りたいの?  

 

 (3) 幻のモノレール駅


(1) 三角の世界に暮らす

 

 智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい、と書いたの漱石先生です。

 言わずと知れた『草枕』の冒頭の一節です。

 

 でも、私、この一連の名文の意味を、いまだに、十分に理解できないでいるのです。

 

 「意地を」は、その中でも、比較的良くわかりやすい一文です。

 人は、とかくに意地を通したがるものです。特に、男はそうです。

 理屈をこねくり回して、たかが一歩踏み出すにも、根拠をそこに求めます。挙句に、自分を窮地に置いたりして、あとで後悔をしたりもするのです。

 

 会社的組織に入っていれば、意地を張ることはまことに「窮屈」だと言うことがわかります。

 

 お前さん、そんなに悪態ばかりついているならやめてもいいんだよ……なんて驚かされないとも限りません。

 だから、人は自ら、人間を丸くして、「意地」を封印してしまうのです。

 

 「人の世は住みにくい」などと、高尚な文言ではなく、「泣く子と地頭には勝てぬ」という低俗な諦念で自らの意地を押さえ込んでいくのです。

 挙句に、場末の酒場で、己の不甲斐なさを隠蔽しながら、正論をわめいて、威張り散らすのです。

 

 「智に」とは、なんだろうかと考えることもあります。

 

 そんな時に、頭に浮かぶのが、梶原であり、明智であり、石田であるのです。

 洞穴に隠れていた頼朝を救った梶原景時は、鎌倉の御家人でした。信長が京に入った時、宮中のしきたりに精通していたがため、重用されたのが明智光秀でした。秀吉のまつりごとを支えたのが、ただ、勇猛果敢でいくさ場にあった武者とは一線を画した石田三成です。

 

 それぞれが「頭の良さ」を売りにしていました。

 知恵者であったのです。

 しかし、知恵者は、そうでないものから殊の外嫌われます。

 だから、三者三様ではありますが、彼らは例外なく破滅をしていったのです。

 

 「智に」働けば、角が立つのは、至極もっともだと思うのです。

 

 私には、一つの誇りのようなものがあります。

 親戚、友人から無用な借金をしたことがないということです。

 人様のお世話にならずに、人生を歩んできたのは、ささやかではありますが、私の誇りになっているのです。

 

 でも、親戚、友人には、請われて、いくばくかの金を渡したことがあるのです。

 私は、そこであることを知ることになるのです。

 

 金を借りた方が、貸した方に感謝をするのではなく、恨み言を言うという怪訝な有り様、それを私は何度か見ることになるのです。

 

 借りたことに対する卑下がそのような感情を、その人におびさせるのかどうかはわかりません。

 人は、金を借りる時には、低姿勢です。

 だって、そういう人は切羽詰まっているからです。この人に、金を融通してもらわないとまた面倒なことが起きるのです。

 だから、土下座しても、いかなる屁理屈を述べてでも、金を借りなくてはならないのです。

 

 でも、返すときは、なんだか、貸した方が悪いことをしているのではないかという気にさせられてしまうのです。

 あの金の入った包みを差し出すときの、あの表情……。

 

 言っておきますが、私は金貸しではありませんから、利子なども、期限なども設けていません。入り用の額をなんとか工面して、それを都合してやっただけなのです。

 これまで、その金が戻ってこないということもありました。

 だって、その方との、付き合いがなくなってしまったのですから。

 

 そんなことを思っていると、これが「情に」の意味なのかもしれないって思うのです。

 

 さきほど淹れたばかりのコーヒーがすっかりと冷めてしまいました。

 レンジで温めようかと思ったのですが、「非人情」のことを考えているんだから、冷たいコーヒーが似合うと、そのまま口に含むのです。

 そして、これこそ「出世間的」雰囲気だと、一人オツに構えるのです。

 

 そういえば、かような一節も覚えています。

 

 「四角な世界から常識と名のつく、一角を磨滅して、三角のうちに住むのを芸術家と呼んでもよかろう」って。

 

 そうだ、おいらは三角のうちに暮らすゲイジツカなんだと、これまた訳のわからない漱石先生の言葉に舞い上がっていくのです。

 


(2) ここに入りたいのぉ

 

 ラインの向こうで、急成長しているLALAが、微笑んでいます。

 

 つい、先日まで、そこにいて、抱っこを要求すれば、すぐに、そうしてくれていた男が、小さな画面の中で同じように両の手を差し出しているのです。

 

 しばし、その様子を凝視して、LALAは立ち上がり、娘のiPhoneに近ずいてきます。

 やがて、画面は真っ黒になり、何やら叫び声が聞こえてきます。

 

 娘が、大笑いして、素っ頓狂な声が聞こえてきます。

 「LALA、ここに入りたいの」って。

 

 幼な子というのは、実に面白いものです。

 突飛なことをしでかします。

 

 いや、待てよ、これって、突飛なことかしらって、思うのです。

 

 一歳になったばかりの幼な子でも、ディズニーチャンネルで放映されている映画を見ていると、目を皿のようにして見入っているのです。

 「カンフーパンダ」も、「ドラえもん」も、「バットマン」も、じっと注視しているのです。

 

 怖い場面が出てくると、私に抱きついてきます。

 楽しい場面だと、上半身を揺すっています。

 気が向くと、そばで踊っているGOKUに負けじと自分も踊り出します。

 

 こんな幼な子の一挙手一投足に、飽きることはまずありません。

 

 「どこでもドアー」があれば、すぐに行けるのにねって、娘がラインの向こうで言っています。

 本当にそうだと、「タケコプター」があれば、飛んでいけるって、私も口には出さないけれど、思ったりするのです。

 

 「今度、GOKUのお家にも来てね。GOKUのおもちゃを片付けて、ベッドを作るから」って、今度はGOKUが画面を独り占めして、私に問いかけてきます。

 こんな幼な子が私を招待してくれているのです。

 嬉しさに心も躍ります。

 

 「パンを持って、黒鳥にあげに行こう」

 「GOKU、もう散歩の途中で寝ないから」

 「LALAも連れて行こう。でも、LALAはまだ小さいから寝てしまうかもしれない」

 

 そんなことを矢継ぎ早に言い出します。

 黒鳥の話、すべて、一昨年の秋口、私が一ヶ月ほど滞在していた折の出来事です。

 三歳のGOKUはそれを覚えているのです。

 散歩の途中、しゃがみ出し、歩くのを嫌がります。

 だから、抱っこをしてやります。すると程なく体が重くなり、GOKUは寝入ってしまうのです。

 その重たい体を担いで、私は家に戻り、ベットにそっとGOKUの体を置くのです。

 

 パンを持っていることを察知した黒鳥たちが、GOKUめがけてゆっくりと歩いてくるのを怖がっていたのですが、それにも慣れて、ベンチの上に乗り、パンを細かくちぎって投げるようになります。

 ベンチの上であれば、黒鳥はそこまで来ないと学習したのです。

 

 自分は大きくなった、だって、LALAのお兄ちゃんだからって、そんなことを言います。

 

 幼稚園では、随分と褒められている様子です。

 工作も丁寧に、絵も綺麗に書けるって、先日は「ハエ」と「とんぼ」を描いて、褒められたと言います。

 「とんぼ」はわかるけれど、「ハエ」ってなんだと思ったのです。

 オーストラリアのノーザンテリトリーならわかるけれど、観光地のゴールドコーストで「ハエ」はないだろうと思っていた矢先、娘が「これから夏になるでしょう、だから、ハエが多いの」って。

 それをGOKUは観察して描いたのです。

 

 幼稚園でいい子である分、母親には甘えて、LALAが母親を独り占めにしている、やきもちを焼くと言います。

 それでもって、LALAを叩くというのです。

 

 ラインをしているときにも、それをしたらしく、娘に大きな声で叱られていました。

 

 だから、GOKUに言ってやったんです。

 「マミーに叱られたら、iPhoneから入り込んで、つくばに来なさい」って。

 

 「そんなことまだできないよ。でも、きっと、そうなるよね。僕がそれを作ろうかな」って言い出したのです。

 

 私、なんだか、自分の血筋を持つこの幼な子を自慢したくなったのです。

 

 大人たちが、自分本位にばかり言動を繰り広げ、世界を混乱に陥れ、杖つく老人がいくばくかの金欲しさに人を刺す時代のありようを見て、幼な子のなんと夢あることか、未来は、こういう子が時代の方向性を作って欲しいとそっと己の血の繋がりのある幼な子の前途に期待をかけてみたいと思ったのです。

 


(3) 幻のモノレール駅

 

 私が何度も何度も見た映画、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」の、あの一場面を思い出すのです。

 

 エメット博士が、デロリアンに、マーティ・マクフライを乗せて未来世界に戻った時の話です。

 デロリアンは、道を走るだけではなく、空を飛ぶ車へとレベルアップしていました。

 そのデロリアンが、スカイハイウェイを疾走するのです。

 

 まさに「絵空事」と見ていたあの映画の一場面が、どうやら「現実味」を帯びてきたらしいのです。

 

 というのも、我が国の国土交通省と経済産業省が、「空飛ぶクルマ」の実用化に向けたロードマップの素案をまとめ始めたというニュースを新聞で見たからなのです。

 それも、二十年代に都市部にそれを実現するというのです。

 三十年代には、きっと、あのエメットのように、スカイハイウェイを疾走する私たちがいるはずです。

 

 ロードマップによれば、離島や山間部、つまり、人の少ない地域で、空飛ぶ車の実験も兼ねて実用化を目指し、その間に、運行システムの整備、安全基準の作成に当たると言います。

 

 つくばでは、セグウエイを公道で乗るための実験と、体験搭乗が日常的に行われています。 

 なにせ、つくばは最先端科学技術を運用する学園都市ですから、そんなことは当たり前です。だから、この街にも、比較的早くに「空飛ぶクルマ」がやってくるのではないかと期待をするのです。

 

 東京からTXでつくば駅に到着して、そこから、空飛ぶクルマで一飛び、筑波山頂に行けるのです。

 かかる時間はわずかに三分、そんな世界になるのかと思うと、ワクワクします。

 

 ヘリも飛ぶつくばですから、空中に電子の目が張り巡らされて、空飛ぶクルマは乗車する人が心地よく感じるカーブをそこここに設定されたスカイハイウェイを気持ちよく飛行して、秋は紅葉、春は桜の満開、夏は心地よい風を、そして、冬は研ぎ澄まされた大気の中を飛行するのです。

 

 そんなことを思うだけで、気分が爽快になります。

 

 つくばに転居し、ここを終の住処にすることに意を決した時、私の家を建てた地域は、本当に田舎田舎した場所でした。

 東京生まれ東京育ちの子供たちにとっては、ちょっと寂しい思いをさせてしまいました。

 学校に行けば、しゃべっている言葉も違う、まるで、外国のようなところであったのです。

 しかし、下の子は程なく、私がびっくりするくらい、地の言葉に馴染み、茨城人になっていったのです。

 

 そして、あの時の不動産の社長、私と同じく早稲田の出身でした。

 私に、土地はもちろんですが、「稲門会」に入ることを勧めることしきりなのです。

 入ったからと言って、土地や建築の費用が安くなるはずはありません。でも、せっかくのお誘いだからとその会合に顔を出しました。ところが、そこで、公立校の教師の横柄な振る舞い、いや、人を小馬鹿にするその教員独特の、偉そうなありように嫌気がさして、私はそれきり行っていないのです。

 

 そんな苦い思いもありましたが、あの社長、ある時、私に、そっと囁くように言ったのです。

 

 <あそこは程なく開発が進み、大型店舗が立ち並びますョ>

 <お宅の前にはモノレールが走り、実に便利になりますョ>

 さらには、<インフラもしっかりとしていますからこれからの生活で不便はなくなりますョ>って。

 

 確かに、スーパーは複数できましたし、ホームセンターも、それにコンビニなど近くに肩を寄せあるようにできたのですから、あの社長の言葉、まんざらでもないと私思っているのです。

 

 インフラも、確かにその通りで、とりわけ、私の仕事に欠かせないネット環境で困ったことなは一度もないくらいです。でも、そのレベルを維持するためにはそれ相応の負担をしなくてはならないのですが、それでも、仕事が円滑に進められるというのは素晴らしいことだと思っているのです。

 

 しかし、いつの日か、私の家の名を冠した駅名ができるのではないかとワクワクしながら期待していたモノレールは一向にできる気配はありません。

 あの社長、俺様を騙したなと文句を言おうとしても、彼はとうの昔に鬼籍に入ってしまいました。

 だったら、モノレールの代わりに「空飛ぶクルマ」だって。

 そう思ったのです。

 

 センターから大学、それに各種研究所を経て、あの名高い高エネ研究所、そして、筑波山です。

 そんな「空飛ぶバス」も夢ではないと思ったのです。

 

 足腰も弱り、ロードバイクにも乗れなくなった私、港に行くにも億劫になった私の足代わりに「空飛ぶバス」は、大いに私を勇気付けてくれるに違いありません。

 

 そして、つくづく思うのです。

 せっかく、この良き時代に、この世に生を受けてきたのだから、それを見てやろうと。

 

 私は膝に、手にしたばかりの最新のiPadを置いて、ソファーに腰掛けて、モノレールの駅が置かれるはずだった赤松の森を眺めるのです。

 


奥付


三角の世界


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著者 : nkgwhiro
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