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結ぼれる

  先週から、私は悪い運気とお友達になった。私はこの悪い運気にワルンと名前を付けた。ワルンは今、私の肩に、片膝を立てて座っている。バランスが悪くて落ちないのだろうかとお思いかと思いますが、ワルン君はちょっとやそっとの体重移動ではこぼれません。ぴったりとくっついています。嫌になる程に。

 

  ワルン君は、まず私の体力を奪いました。風邪を引いた私は、病院に行こうとしました。けれど、ワルン君は、私の方向音痴という弱点を見逃しはしません。私の性格など熟知しているのです。いつもいく病院に、私はなぜか迷ってしまいました。たどり着いたのは、病院ではなく神社でした。みなさん、悪い運気が、なぜ神社に自ら連れていくのか、とお思いでしょうが、ワルン君は、神社で振り落とされるほど弱くありません。むしろパワーアップします。

 私は早々に元の道へ戻りました。急いでいたのです。午前の診察の時間がもう終わろうとしていたのですから。私はなんとか元の道に戻り、さっそく病院への道を急ぎました。病院の駐車場はとても広くて、私はその駐車場の安心感にひかれて、この病院をもよりの病院に設定しているのですが、今日に限って病院の駐車場は満杯でした。なにか、イベントをやっているようなのです。出店が出ています。病院がイベントをやるなんて、考えられません。参加者はみんな病人です。みんな、青い顔をして参加しています。私はそんなイベントには目もくれず(と、いっても実は気になっていました)、病院に急ぎました。歩道を歩いていると、花壇に水をやっているおじさんがいました。おじさんは家からホースを引っ張って、わざわざ歩道のアスファルトのすき間から生えている雑草に、水をやっていました。「かんしんかんしん」などと心の隅で思いながら、私はホースをい足取りで飛び越えました。しかし、そこは病人のするステップ。私の足は、ホースにつっかかり、私の体は宙に浮き、私の掌はアスファルトをこすり、私のズボンは衝撃で破け、鞄の中味は飛び散りました。

 これが、ワルン君のすることなのです。

   私は耳元でワルン君が笑う声を聞きました。

 おじさんは、雑草に夢中で、私が転んだことにも気づいていません。私はおじさんに恨みも言えず、ただただみじめな思いでたちあがりました。ズボンは4つしか持っていないのに。膝の痛みより、4つしか持っていないズボンがこれから3つになり、着まわせるのか、という心配の方が先に立ちました。

  膝は、病院で治してもらおう。そういうイレギュラーな要望は苦手としているのですが、この際そんなことも言っていられない。私はそう強く思いました。そして病院の扉を開けたのです。

「午前の部終了」「本日、午後の診療は、イベント開催のためお休みします」

 

わたしは膝の痛みが急にじんじんしてくるのを感じました

 

 家に帰ってからも、ろくなことがありませんでした。

   私は窓を閉めようとして、扉に指を挟めました。

   親戚も死にました。

   嫌なメールも来ました。

   私が何をしたのでしょう。

   私はワルンを睨みました。

 

 今日も、しゃがんだとたん、スカートのホックがボツリととれました。私は黒い糸をブラックホールの中から見つけ出し、針に通してスカートにホックを縫おうとしました。けれども糸がどうにも絡まって、変なところに輪はできるし、はずそうと思えば、そうした覚えもないのにがっちりと縫い付けられているしで、前にも後ろにも進めなくなってしまいました。

  ズボンにつづき、スカートもかよ。と思った私は、がっかりして、スカートを投げだしました。

  どうして、私には、服がないの。どうして、私には運がないの。どうして私には何もないの。

 

「僕がいるじゃない」と、肩越しに、誰かがささやきました。 

「え?」

 

 

 振り返ってみると、それは、肩に格好良く座っているワルンでした。

 

 

 

 


むちゃ

突然、私は、何のために頑張っているのだろう。と、いう思いが、全身に行き渡った。

私はいつだって今を犠牲にして、未来の為に頑張って来た。しかし、せっかく今を犠牲にしてまで夢見た未来で、私はさらに未来の為にがんばっていた。さて、一体私は、いつ生きるのだろう。

 

とりあえず、私は仕事を辞めた。そして、好きなことをして過ごそう。と、思った。

けれど、私には、本当に好きなことがなかった。いつも自分の欲求は後回しで、好きなことを追いかける時間もなかった。

 

とりあえず、私は寝た。今まで寝たいだけ寝たことなどなかったから、とても気持ちよかった。

そして次に、食べたいものを食べた。自分では作ることができなかったが、この世には、出前という便利なものがある。

私は、ピザを一枚注文し、誰とも分けることもなく、一人で全部食べた。円すべてが私の中に収まった。私は満ち足りた。

ああ、これが、生きるという事か。と、私は思った。

 

私はベッドの上で、一日のほとんどを過ごした。退屈になれば、スマホで動画を見たり、ゲームをしたりした。

世界中の人が、私を笑わせてくれ、楽しませてくれた。

けれど、心の中のもやもやが、完全に晴れることはなかった。

何か心の奥の方で、今まで培ってきたものが、警鐘をならし続けていた。

 

何かをしなければならない。

 

けれど、何をする気も起きなかった。

 

そんなふうにして一年が過ぎたころ、私は、ある新聞の広告を見つけた。それにはこう書いてあった。

 

  出張足湯 日頃の疲れ、悩み、すべてお湯にとかしてしまいましょう!

  とき:きょう 午後3時36分

  ところ:ほにゃらら公園

 

私はなぜか、この広告にひかれた。今日も別に用事はないし、ほにゃらら公園は、歩いて5分くらいのところにある。

行ってみるか。と私は思った。

 昼まで寝ていたので、今は午後1時だった。とりあえず、私はお風呂に入った。これから足湯に行くのに、お風呂に入るのは何か変な感じがしたが、もう3日もお風呂に入っていなかったので、人前に行くのは恥ずかしかった。

お風呂に入って髪を乾かすと、もう2時だった。しかし、ここからの1時間半は長かった。

私はゲームをしながら待つことにした。チラチラと時計を見るのだが、5分づつしか進まなかった。

 

ようやく3時半になり、私はジャンパーを羽織ると、外に出た。久しぶりの外の空気だった。私はポケットに手を突っ込み、歩いて行った。

 

公園に着くと、数人の子どもたちが、鉄棒をしているだけだった。

たった5分歩いただけなのに、もう息が切れていた。

足湯はどこだろうと目をこらしてみると、砂場の真ん中に、板が敷かれ、その横に、あやしげなひげのおじさんが、しゃがんでいた。あれだな。と私は思い、近づいて行った。砂場のところには、そのおじさん一人しかいなかった。「来るのが早すぎたかな」と私は思った。

「はい、いらっしゃい」と、あやしげなおじさんは顔をあげ、にっこりとわらった。

「あの、足湯やりたいんですけど」

「はい、何名様ですか~?」

みりゃわかるだろ、と思いながら、「一名です」と言った。

「はい、一名様~。500円になりやす」

高!と思ったが、きっとこれだけで生活していくには大変なのだろう、と、私はポケットから小銭入れをだし、500円を払った。

「はい、ここに座ってね~。右足出してください~」

「片方づつ入るんですか?」と私は聞いた。

「はい~、靴脱いでね~、靴下もね~」と言って、おじさんは私が脱いだ靴下を、籠に放り投げた。

「はい、じゃあ、ここに足を入れてね」下を見ると、砂場の中に埋め込まれた桶に、お湯が張ってあった。湯気が立っている。私は恐る恐る、足を入れてみた。少し熱めのお湯が、じ~んと染み渡った。「あ~、気持ちいいですね」「そうでしょう、そうでしょう」そう言って、おじさんはしゃがんだままにこにこしていた。「このまま、30分間、つかっていてくださいね~」「30分もですか?」そんなに独占していたら、他の人が入れないじゃないか。と私は思った。

「ゆ~っくり入るのが良いのよ。それに、500円も頂いてるからね」

そんなもんか、と私は思った。他にお客さんも来ないようだし、私は言われたとおりにした。

しかし、この寒空だ、初めはよかったが、だんだんお湯がぬるくなってきた。

「あの、おじさん、お湯がぬるくなってきたんですけど」

「まだまだ~」

お湯を足すとかしてくれないのだろうか。と思ったが、僕は黙っていることにした。

けれど、だんだん体が冷えてきた。もうだめだ、限界だ。「おじさん、もういいです。上がります」

私はもう勝手にあがろうと、足をあげようとした。けれど金縛りになったように、右足は動かなかった。「え?え?」

「まだ30分経ってないよう。だから上がれない」

おじさんは、薄目で笑った。

私はなんだか、一瞬怖くなった。

けれど、またおじさんはにこにこした顔に戻って、こういった。

「あなたの心、この左足のようになってるね」

左足?と思った私は、まだお湯につけていない方の足を見た。

「そう、靴下履いて、靴も履いて、もうぎゅうぎゅうね。こっちも脱いで、お湯に入ったら?」

さっき片方って言ったのはおじさんじゃないかと思ったが、私はだまってもう片方も脱いだ。外の空気がひんやりした。

お湯につけてみると、さっきはぬるいと感じたお湯が、一瞬だけ暖かく感じた。けれどやっぱり、ぬるかった。

「さあ、どうする?」とおじさんは、やにわに聞いて来た。

 

どうするって言ったって……

その時、さっきは1ミリも動かなかった右足が、自由になっているのが分かった。

私は思わず、ワ―――――――――!と叫んで、両足で、ばしゃばしゃと水面を蹴った。水がはねて顔にかかって服がびしょびしょになっても、私は水面を蹴り続けた。なぜそうしたいのかわからなかったが、それはとんでもない解放感だった。

とうとう息が切れ、足を足湯につけたまま、砂場に寝転がった。

汗が、額から流れ、砂場に落ちた。空を見つめると、雲が、うろこ状になっていた。

「はい、30分経ちました~」とおじさんの声がした。

「はい」と言って体を起こすと、「ね、体あったまったでしょ」と、おじさんがウインクした。

 

「ですね」と、僕は言った。

 

 


奥付

 

【2018-11-16】指さし小説 第32話&第33話


http://p.booklog.jp/book/124624

今回のテーマは、「結ぼれる」でした~
みなさん、知ってましたか?私は知りませんでした。「結ばれる」と一文字違いですが、意味はえらい違いですよ。皆さん、調べてみてください。そしてこのことばは、今の自分にぴつたり!なので、ちょっと変えていますが、今回の物語に出てきてた悪い出来事は、ほぼ実話で~す!
 
【お詫び】
またもや、気づけば17日現象が起きてしまいました。16日配信予定のはずが、こんなに遅くなり、大変申し訳ありません。14日までは覚えていたのですが…今後気を付けます!
 
第33話のテーマは「むちゃ」でした!
普段、心配性なので、あまりむちゃはしないのですが、むちゃの語源らしい、無作ということばから発想を得て、仕事を辞めるのは、むちゃなことだなと思い、書き始めました。だらけた生活は、けっこう休みの日の私に近いです。でも、いつも3時36分くらいになると焦りからかいきなり活動的になるので、そんなことも織り込みながら書きました!

著者 : かっこ
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/resipi77/profile


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この本の内容は以上です。


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