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              決意

 

 92日(日)リノの承諾を得た安田は、早速、三島をさしはら温泉旅館に呼び出した。オービスを確認しながらバイパス202をぶっ飛ばしてきた三島は、到着予定時刻、午前11時より12分も前に到着した。マットブラックのスズキGSX-S1000を駐車場に止めた三島は、フルフェースのヘルメットを右手に持ち、安田が待っている玄関までかけていった。笑顔で迎えた安田は、三島をティールームの窓際テーブルに案内した。三島がヘルメットとシルバーのライダージャケットを隣の席に置くと安田はマジな顔つきで話し始めた。「話というのは、例の件だ。リノとは、話がついた。俺は、決意した。モサドになる。だが、不安はある。モサドの活動について、具体的な話は聞いていない。おそらく、かなりヤバイんじゃないかと思っている。本当にモサドになっていいものか?」

 

 タカの目のような鋭い目つきの三島は、じっと耳を傾けていた。表情を崩した三島も、モサドの活動内容については全く知らされてないことに気づき、質問した。「先輩、モサドって、何をやるんですか?命令されれば、何でもやりますが、暗殺、なんてことはないですよね」お金のことばかり考えていた三島は、今になって不安が込み上げてきた。安田はモサドの活動内容をしっかり把握したうえで結論を出すべきだと思い始めた。「俺たちは、革命のことばかり考えて、モサドのことを疑わなかった。勢いあまって、モサドを革命軍の味方だと思っていたが、果たして、信じていいものか?ヤコブが言っていることも信じていいものか?俺たちは、騙されているのかもしれん」

 

 うつむいていた三島は顔を上げると不安そうな顔で話し始めた。「1000万の報酬額から考えて、並の仕事ではないでしょう。やはり、もう少し具体的な話を聞いたうえで、決断したほうがいいじゃないですか。俺は、お金が欲しいあまり、つい、話に乗ってしまったけど、直接、ヤコブから話を聞いてみたいと思います。話を聞いて、納得したうえで、返事したいと思います」腕組みをして話を聞いていた安田は大きくうなずいた。「確かに。ちょっと、浅はかだったようだ。俺は、日本の若者を救いたい。だから、たとえ危険な仕事であっても、命を張ってでも、やる気はある。でも、それは犯罪行為ではあってはならない。テロであってもならない。あくまでも、不法行為とはならない、ぎりぎりの行為でなければならん。だからこそ、モサドに期待した。モサドは俺の考えに沿うものなのか?」

 

  

 


 三島の不安はさらに増大していた。「先輩、モサドについてヤコブに聞いてみましょう。そして、もう一度、俺たちの考えと一致しているか、検討してみましょう。そうでないと、やっぱ、不安です。そうだ、今日の午後にでも、会えませんかね?」安田も三島と同じ考えであった。ロビーのライトをちょっと見つめるとうなずき返事した。「そうだな。今日の午後というのは、急すぎるような気もするが、とりあえず、ヤコブに電話してみよう」安田は、早速、スマホでヤコブのナンバーをタッチした。ヤコブの応答が返ってくると、三島とともにモサドについて具体的な話を聞きたい、とヤコブに伝えた。ヤコブは、善は急げとばかりに今日の午後は時間が取れると返事した。安田は、午後130分このティールームで落ち合う約束をした。

 

 午後140分ころに、ヤコブがシルバーのベンツAGMでやってきた。190センチ近い巨漢のヤコブは、笑顔で二人の前に腰掛けた。「いや~~、待たせてしまって、申し訳ない。日曜日なのか、ちょっと混んでました。早速ですが、モサドに関する質問ですね。どんなことでも質問してください。不安があっては、決断がつきかねるのは、ごもっともです。どのような?」ヤコブは、すでに二人がモサドになる意向を読んでいた。安田は、一度、大きく深呼吸して話し始めた。「先日、報酬額のことは聞きましたが、具体的な仕事のことは聞いてない。当然、困難な仕事であることは承知しているが、不法行為になるような仕事は、俺たちにはできない。その点をはっきりさせたかった」

 

 ヤコブは、大きくうなずき返事した。「心配は、不法行為でしたか。我々の仕事は、厳密にいえば、時には、不法行為となる場合もあります。でも、不法行為とならないように策を凝らして活動するのが、モサドなのです。我々は、テロリストでもなければ、マフィアでもありません。政府公認の合法的な組織です。確かに、各国の法に抵触する場合はあるでしょう。でも、我々は、決して庶民に危害を与えるような行為はしない。各国は、目に見えない情報戦争をしています。その中心になっているのがエリートエージェントたちなのです。具体的な行為は、まだモサド契約を結んでいないお二人には話せませんが、納得いただけますか?」二人は、静かに話を聞いていたが、不安はますます大きくなっていた。

 

 


 安田は、やはりヤバイ仕事であることを直感した。だからといって、断っていいものか悩んだ。安田は、三島の固くなった表情を確認し、もう少し質問することにした。「高額な報酬から考えて、危険で重要な仕事であることは予測できる。なのに、なぜ、秀才でない俺たちのような凡人をモサドにしようとするのだ。俺たちよりもはるかに優秀な学生は他の大学にはたくさんいる。なぜだ?」ヤコブは、一瞬固まった。捨て駒に利用されるではないかと安田は不安がっている、とヤコブは直感した。

 

 「私は、二人を見込んでスカウトしている。本部にもスカウトする根拠を報告した。安田は、カリスマ性があり、弁舌に優れている。三島は、実直で、剣道チャンプだ。モサドは、武器を使わないインテリエリート兵士なのです。使うのは、頭脳と肉体だけだ。二人のような知能の低い学生をスカウトするのは、今回が初めてだが、仏教国の日本においては、知能よりカリスマ性を重視すべきと判断した」最もな意見のようにも受け取れたが、知能の低いエージェントなど聞いたことがない。モサドのエージェントは、語学に秀でていて、知能が高いと聞いていた。現に、ヤコブもイサクも語学堪能の天才だ。なのに、彼らからすればバカといえる俺たちをモサドにしようとしている。不思議に思わないほうがおかしい。

 

 安田は、念をすように強い口調で質問した。「はっきり言って、他校の秀才たちと比べれば、俺たちはバカだ。こんな俺たちをモサドにして本当にいいのか?俺たちのような低能にモサドが務まるのか?英語もろくにしゃべれないんだぞ。こんな俺たちなんだ。それでも、俺たちをモサドに誘うのか?俺たちが仕事で失敗すれば、ヤコブの責任になるんじゃないのか。それでも、スカウトする気か?」ヤコブは、小さく何度もうなずきながら、マジな顔つきで話に聞き入っていた。すでに、関東と関西の優秀な学生が、スカウト候補に挙がっていた。それに加え、ヤコブは二人をスカウト候補に入れた。これは、ヤコブもかなり悩んだ決断だった。

 


 ヤコブは、二人の表情を交互に見て話し始めた。「実を言うと、二人の勧誘にはかなり悩んだ。だが、私の新しい試みが正しかったことを証明したい。短期の出張はあると思うが、二人には、日本国内での仕事に限定するつもりだ。このことは、本部の承諾をとっている。当然、海外での仕事を担当させるために、知能の高い学生をほかにスカウトする。二人には、イスラエルの研究者と日本の研究者の仲介をやってもらいたい。また、彼らの身辺警護と監視に当たってもらいたい。AI兵器の研究は、イスラエル地下組織が行う。したがって、ベンチャー企業の表の顔として、対外的仕事をやってもらう。少しは、納得いただけたかな」

 

 三島は、うなずきながら安田の顔を覗き見た。安田は、日本国内と聞かされ、ホッとした。単身赴任を心配していたからだ。安田は、念を押した。「俺らは、日本国内の仕事に専念するんだな。だったら、英語が話せない俺達でも、できなくもないような気もする」安田は、右横の三島の顔をちらっと覗いた。なんとなく自分たちの仕事がわかり始めたが、有能なモサドになるためのトレーニングはあるはずだと思った。「まあ、俺たちは国内の仕事をすればいいことはわかったが、一人前のモサドになるには、いろんな訓練を受けなければならないんだろうな。俺たちに、やれるかどうか?」

 

 ヤコブは、即座に返事した。「当然です。二人の将来性を見込んで、スカウトしたのです。日本国内だからといって、英語ができなくていいとは言っていません。英語の特訓は課せられます。また、武術の特訓も課せられます。ボクシングとレスリングは必須です。これは、自分を守るためのものです。また、拷問にも耐えうる精神力をつけるためです。二人を同時にスカウトしたのは、お互い助け合って身を守ってほしいからです。できれば、武術にたけた三島は、安田を守ってほしい」拷問と聞いたとたん安田の顔が引きつった。だが、いまさら拷問が怖くなったから断る、とは言い辛かった。

 

 

 


 拷問と聞き少し怖気づいた安田は、頭を掻きながら弱音を吐いた。「だよな。つまり、俺たちは危険極まりない仕事を任されるということだな。俺たちにできるだろうか?英語は全く話せないし。三島は、剣道チャンプだからボクシングもレスリングもやれるだろうが、俺ができるスポーツといえば、ゴルフぐらいだ。いや~~、全く自信がない」安田は顔を左右に素早く振ると意見を求めるような眼差しを三島に向けた。ヤコブの話を聞いていると三島も自信がなくなっていった。剣道バカの三島は、全く英語が苦手だった。英語ができなかったら、即刻クビになるのではないかと思い、尋ねた。「俺は、剣道バカで、勉強はできない。英語は特に苦手だ。英語ができないと、クビになるのか?」

 

 ヤコブは、クスクスと小さな笑い声をあげ、笑顔を作り返事した。「二人とも思ったより気が小さいんだな~~。ヤマト民族は肝っ玉が小さいのか?英語ができないからといって、クビにはならない。だが、できるまで特訓される。英語のメールが読めないんじゃ、仕事はできない。英語も武術も拷問並みの特訓を覚悟してもらう。命がかかっているからな。ヤマト民族なんだから、耐えられるだろう。二人とも、覚悟はできたかな」二人は、顔を見合わせて、小さくうなずいた。「ところで、モサドの契約は、大学卒業後でいいのか?」ヤコブはうなずいた。「モサドの契約は大学卒業後となるが、契約の前には、アブラハム局長の面接がある。そして、局長のOKが出れば、契約締結となる。できれば、それまでに英会話ぐらいは、やってもらいたいものだ」

 

 契約まであと一年半の猶予がある。安田は、気が変われば、断っていいものか確認することにした。「いまさら、聞くのも何なのだが。今のところ、モサドになる覚悟ができた。でも、卒業までに自信を失った場合、その時点でモサドを断るってことはできるのか?」ヤコブは、大きくうなずき返事した。「当然、モサドを断ることはできる。また、我々も、二人を観察させていただき、不適格と判断した場合、不採用とする。今のところ、不採用にする気はないがね。私は、二人の活躍を期待している。ぜひ、前向きに考えてほしい。ほかに、質問は?」

 

 



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