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奇跡を起こす松風

  松風が大神と考えれるのは、写真でも分かる。松風の写真は本部、各支部の神前に飾っているが、この写真の目がどこから見ても、自分の方を向いている。信じられない人は、機会があれば本部、支部の神前で試すといい。本当かどうか分かる。

  大和山の場合、こういう奇跡は珍しくない。神の実在を体験した信徒は無数いる。奇跡は神だから起こして当たり前というのが、当然の考え方である。写真を飾ったら奇跡が起こったという報告は幾らでもある。

  これは松風が神であり、神は本来霊であり、現界では姿を見ることはできないが、松風は肉体の中に降った神だから姿を見ることができる。現世に神が現れた以上、奇跡が起こるのは当然である。こう考えると何の不思議はない。

  松風は自分が大神である証拠を、幾つも境内に残している。松風は自分が大神だとは、周囲の人たちに言明しなかったが、残した遺物から伺うことができる。松風自作の便所があるが、ここで用を足すと、下の病気が治ると言われた。今でも信徒はこのされて便所で用を足し救いに預かっている。

  もう一つは『桃太郎石』である。川から上がった、真ん中に穴が開いた丸い岩だが、この岩に子供を入れて

祈願すると、病気もせず、丈夫に育つと定めた岩である。子供が丈夫に育つと定めた岩だが、今では子供が授かる岩として信仰を集めている。

  松風はこれらの物を作るに当たり、「貴人の発する言葉はそのまま現実のものとなる」と述べた。だが、これは自分が大神なのをあからさまにしないだけで、自分では自覚していた。

  大神の座にあるから、常人には不可能なことも、実現可能だ。

  大神だから可能なのは、松風手作りの箸からも伺える。

  これは食事用の箸ではない。食ベ物を摘む箸ではなく、病気を摘む箸である。松風手作りの箸は、十組余り現存する。この箸で患部を摘む真似をすると、実際に引っ張られる感触が分かる人がいる。悪い箇所が摘めるから驚きだ。打撲の箇所はその場所を摘まむと、本当に良くなるから否定の仕様がない。

  常識では考えられないことを、松風はやっている。これは松風が大神だと、自ら自覚しているからなせる業である。松風が大神の御魂なのは、教典に記されている。実際、松風がそう自覚させられることが、身辺で起こる。大正ハ年、松風は月の神の啓示から、神使えの身になった。その時病気治しに来ていた千田きよのが神憑かりとなり、松風に使えるようになった。そのことからも分かる。

  神憑かりで、神はこの女を松風に授けるから自由に使うがいいとは約束する。松風はその気だったが、承知しないのは当の本人である。

  きよのは松風と別れ、自分の道を行こうとする。だが神から「勝手にするなら、縁を切る」と言い渡され、 断念する。きよのは神からすれば、松風の道具にしかすぎない。

 神にすれば言う通りにしなければ、切るだけである。 

  きよのは神からの厳命に、従うしかなかった。こうしてきよのは、松風に使えた。きよのはしばしば神憑かりになり、神界の実像を伝えた。きよのが伝える神界の模様は、あたかも実況中継そのままだった。

 こうして神秘に包まれた神界が、きよのを通じて明かされて行く。神界の実像は掟により、現界では明かされることはなかった。過去この掟を破ると、厳しい咎を受けた。だが松風だけは、例外として許されたのも神界では高い位の神だからに他ならない。

  きよのの神憑かりを通じて、松風は自分の扱いが神界では高位の神であると直感で気付いた。自分が普通の御魂ではない。こう察した松風は、自分が現世に来た訳を考えた。その結果、神界から立替のため派遣されて来たと、結論付けた。

 自分の思い込みによる結論ではなく、周囲の状況が松風を追い込んだに過ぎない。


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