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大和松風の特異性

 今回一部信徒の方に配布していた教祖の教話を一般にも公開する意味で、電子ブックとして刊行することとした。初心者でも理解できるように、解説も新たに書き下ろした。

  なぜ刊行するか、それは教祖の予言がいよいよ実現する時期が近いとの判断による。

  松緑神道大和山教団の教祖大和松風(田澤清四郎)は、大正ハ年青森県東津軽群平内町外童子山で月の神の啓示を受け、病気治しを始め、人々の救済を始めた。病気治しの結果、人の救済は魂の救済にあると、神の教えの降下を願うようになる。

  ついに十三歳の次女松蝶(都美子)が読めない漢字が見えると言い出し、娘を通じて教典の降下が始まる。九ヵ年に及ぶ教典の研鑽を続け、昭和五年、人類救済の理想の下、松緑神道大和山会として発足し布教を始める。津軽地方を契機として、北海道に教勢を伸ばした。戦前第ニ次世界大戦勃発、日米開戦、終戦まで予言した。 戦後、朝鮮戦争で日本が再起を始めると予言、的中させた。松風の悲願は、この世に悪がはびこる限り真の平和な世の中は到来しない。真の神の理想郷の到来には、魔を亡滅させるしかない。そのためには、この世で人に憑き悪を行う魔を、憑く人と共に滅ぼす以外方法はない。そのため、世界規模の大災害が起こる。そして世界の人口は三分の一に激減する。それが大立替である。その時松風自ら陣頭指揮を執る。それまで生き通すと、それまでは百十五歳までかかると予言した。だが昭和四十一年八十四歳で生涯を終えた。

  松風は教典では、神界から降下した大神の御魂とある。宇宙最高界の神命により、人類救済のため遣わされた神であると明記されている。松風が我々人間と違うのは、現世で奇跡を起こすことにある。

  昭和五年大和山会発足の一年前に刊行された機関『永遠の燈火』の体験談には、松風が夢、現実に現れ、奇跡を起こした体験が数多く掲載されている。僅かの発行部数にも関わらず、発会式典当日、五百人を超える信徒が参集したのは、そのためである。

  松風が常人と異なる証拠がある。それは信徒各自に配布した、松風のお手形は奇跡を起こし、津軽では手の平の神さまとして信仰されていたことからも解る。

    松風が風雨を自在に操った話として、戦前のある夏、干ばつのため農作物が全滅すると津軽地方の信徒から泣きつかれ、松風は門人小野寺涛風(繁)を連れ、聖地奥宮に行き、祝詞を奏上し、ご神水山吹の水をご神体に散布して帰路についた。その間僅か十分少々。途中、小野寺は背後の音にふり返り、仰天する。自分の背後が土砂降りの雨なのだ。小屋に戻ると、途端に一帯土砂降りの雨となり、雨雲はどことなく、立ち去った。翌日その信徒から雨が降った、とのお礼の電報が届いた。

  また同門人の体験だが、松風の北海道布教の随行に赴き、ある支部長から家内が一年以上病で床に伏していると相談を受けた。松風は部屋を見渡し、この掛け軸の絵に呪いが込められていると、絵の奥に隠されている絵柄を指摘した。そして呪いを封ずると、一間離れた場所から気合いを放つと、掛け軸は真二つに裂けた。松風からこの掛け軸を近くの川に流すようにと言われ、小野寺はその掛け軸を持つ手が震えたと言う。

  一カ月後、布教を終え北海道を一回りし、元の支部のある駅に降りた。すると、ホームで一人の婦人が松風の姿を見つけ駆け寄ると、松風の手を握り締め、涙を流す。その婦人こそ一年以上床に伏していた、あの支部長夫人であった。

  次に松風が紛れもなく大神の御魂であるのを紹介しよう。


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奇跡を起こす松風

  松風が大神と考えれるのは、写真でも分かる。松風の写真は本部、各支部の神前に飾っているが、この写真の目がどこから見ても、自分の方を向いている。信じられない人は、機会があれば本部、支部の神前で試すといい。本当かどうか分かる。

  大和山の場合、こういう奇跡は珍しくない。神の実在を体験した信徒は無数いる。奇跡は神だから起こして当たり前というのが、当然の考え方である。写真を飾ったら奇跡が起こったという報告は幾らでもある。

  これは松風が神であり、神は本来霊であり、現界では姿を見ることはできないが、松風は肉体の中に降った神だから姿を見ることができる。現世に神が現れた以上、奇跡が起こるのは当然である。こう考えると何の不思議はない。

  松風は自分が大神である証拠を、幾つも境内に残している。松風は自分が大神だとは、周囲の人たちに言明しなかったが、残した遺物から伺うことができる。松風自作の便所があるが、ここで用を足すと、下の病気が治ると言われた。今でも信徒はこのされて便所で用を足し救いに預かっている。

  もう一つは『桃太郎石』である。川から上がった、真ん中に穴が開いた丸い岩だが、この岩に子供を入れて

祈願すると、病気もせず、丈夫に育つと定めた岩である。子供が丈夫に育つと定めた岩だが、今では子供が授かる岩として信仰を集めている。

  松風はこれらの物を作るに当たり、「貴人の発する言葉はそのまま現実のものとなる」と述べた。だが、これは自分が大神なのをあからさまにしないだけで、自分では自覚していた。

  大神の座にあるから、常人には不可能なことも、実現可能だ。

  大神だから可能なのは、松風手作りの箸からも伺える。

  これは食事用の箸ではない。食ベ物を摘む箸ではなく、病気を摘む箸である。松風手作りの箸は、十組余り現存する。この箸で患部を摘む真似をすると、実際に引っ張られる感触が分かる人がいる。悪い箇所が摘めるから驚きだ。打撲の箇所はその場所を摘まむと、本当に良くなるから否定の仕様がない。

  常識では考えられないことを、松風はやっている。これは松風が大神だと、自ら自覚しているからなせる業である。松風が大神の御魂なのは、教典に記されている。実際、松風がそう自覚させられることが、身辺で起こる。大正ハ年、松風は月の神の啓示から、神使えの身になった。その時病気治しに来ていた千田きよのが神憑かりとなり、松風に使えるようになった。そのことからも分かる。

  神憑かりで、神はこの女を松風に授けるから自由に使うがいいとは約束する。松風はその気だったが、承知しないのは当の本人である。

  きよのは松風と別れ、自分の道を行こうとする。だが神から「勝手にするなら、縁を切る」と言い渡され、 断念する。きよのは神からすれば、松風の道具にしかすぎない。

 神にすれば言う通りにしなければ、切るだけである。 

  きよのは神からの厳命に、従うしかなかった。こうしてきよのは、松風に使えた。きよのはしばしば神憑かりになり、神界の実像を伝えた。きよのが伝える神界の模様は、あたかも実況中継そのままだった。

 こうして神秘に包まれた神界が、きよのを通じて明かされて行く。神界の実像は掟により、現界では明かされることはなかった。過去この掟を破ると、厳しい咎を受けた。だが松風だけは、例外として許されたのも神界では高い位の神だからに他ならない。

  きよのの神憑かりを通じて、松風は自分の扱いが神界では高位の神であると直感で気付いた。自分が普通の御魂ではない。こう察した松風は、自分が現世に来た訳を考えた。その結果、神界から立替のため派遣されて来たと、結論付けた。

 自分の思い込みによる結論ではなく、周囲の状況が松風を追い込んだに過ぎない。


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