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 本当の直感には、選択の余地はないのです。
 本当の直感とは、ゼロポイントフィールドから降りてくる、純粋な意思のことです。

 何度もゼロポイントフィールドにつながって、ゼロポイントフィールドが身近になり、寝ても覚めてもゼロポイントフィールドといっしょ、といった感じになると、本当の直感とは、考えるまでもなく「AだからAだ」というような、直截で、単純で、“タメ”がなく、そして大声で降ってくるものではない、穏やかなものであることがわかります。


 食事のときに調味料の壜を手にとったり、本棚から本をとったり、ほとんど意識せずにしている日常動作と同じようなノリで、直感のとおりに動いて、ものごとがスムーズに運ぶのがふつうになります。
 ゼロポイントフィールドにつながってなかったときは、偶然とか奇蹟とかラッキーとかシンクロニシティとか思っていたことが当たり前になるので、もうこれが直感だと意識しなくなるかもしれません。
 そのうち、ゼロポイントフィールドにつながっていなかったときがどんなふうだったかということも、忘れてしまうか、リアルには思い出せなくなるでしょう。

 

 ここに書かれていることが信用できなくてもかまいません。
 実際につながってみればわかります。
 私の言っていることは信じられなくても、ゼロポイントフィールドとのつながりのなかで起きてくることは信用せざるをえないでしょう。
 なぜなら、ゼロポイントフィールドとつながると、筋道だった推論とか、あのときはこうだったとか、権威者の意見とか、“まともな”省察がどんどん後退していって、薄い色彩で描かれた遠くの背景みたいになり、どうでもよくなっていってしまうからです。
 ゼロポイントフィールドにつながること自体が、ゼロポイントフィールドへの信頼を培います。


 私自身、ゼロポイントフィールドとつながるまでは、直感なんてさほどアテにはしていませんでしたし、高次存在からのメッセージの類も半信半疑な受けとめかたをしていたのですが、つながってみると、半月もたたないうちに“まともに”ものを考えられなくなってしまい、以前に比べると、ずいぶんうすらぼんやりしている感じがします。
 なんというか、心身のセンサーが、ゼロポイントフィールドのセンサーである心身へと変化した感じです。


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最終更新日 : 2016-12-03 23:54:02

第3章 「引き寄せられ」から「最適化」へ

 精神世界でよく知られている原則に、引き寄せの法則というものがあります。
 これは簡単にいうと、何かになりたいとか、何かがほしいといった欲求がある場合、先に非物理次元で、その欲求が充たされた状態になれば、つまりその状態の波動を先どりすれば、物理次元で実現するというものです。


 ゼロポイントフィールドにつながると、これとは逆向きのことが起きます。
 ゼロポイントフィールドがほしいものに自分が引き寄せられていき、ムクムクと興味が湧いてきて、見たり、聞いたり、動いてみる気になり、実際に動いてみると、必要な情報、ツール、人が集まってきます。それらを使ってみると、次に必要な情報、ツール、人が集まってきて、ワクワクの連鎖のなかで、だんだん形になっていきます。
 何らかの知識や技術を必要とする場合は、いくらか時間がかかるかもしれませんが、習得の動機が宇宙の根源のゼロポイントフィールドからの要請なので、興味が尽きず、気づきと驚きが次々と訪れ、面白くてしかたがなく、ちっとも努力している感じがしません。
 ゼロポイントフィールドの波に乗ることを知らない人からは、がんばっているとか、努力家だとか見られることがあるかもしれませんが。

 

 ゼロポイントフィールドからの提案やお知らせは、ゼロポイントフィールドと物理次元の間にある高次ゾーンを経由して伝えられますが、天使や精霊といった高次存在の波動をとらえるのでも、直感でとらえるのでも、どちらも同じです。
 高次ゾーンからの情報が、人の話やメディアのニュースといった、物理次元の情報を介して伝えられることもあります。

 

 過去に、思いつきでいろんなことに手を出して投げ出してしまった経験のある人は、何かに心惹かれても、また同じことを繰り返してしまうのではないかという懸念があるかもしれません。
 ゼロポイントフィールドの波に乗るときは、向こうからきた波に、ただ、ふっと乗るだけなので、そんな昔のことを引っ張り出したり、検討したりする余地はないというか、そういうモードではないのですが、もし不安があるなら、見送ってしまいましょう。
 その場の思いつきなら、憑きものがとれたようにどうでもよくなって、二度とめぐってはきません。
 しかしこれがゼロポイントフィールドからの提案だった場合には、ネットで見た情報を友人からも聞かされるとか、クーポン券つきのダイレクトメールが送られてくるとか、必要な道具を無料で譲ってくれる人が現れるといったように、同じ案件がアプローチを替えて何度もやってきます。


 二度目、三度目のお知らせは、一時間後にくるかもしれないし、五年後になるかもしれません。

 ゼロポイントフィールドから高次ゾーンを通してくるお知らせのベストタイミングは、物理次元のタイムラインに則ってはいないので、物理次元の順序や通念で予測する時機と一致するとは限らないのです。
 でも、ゼロポイントフィールドで実現されていることは必ず物理次元にも反映するので、「いつ」ということは気にせず、サインがきたときに乗ればOKです。


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最終更新日 : 2016-11-27 11:56:46

 投げ出して忘れてしまった案件がブーメランのように戻ってきた実例を、ひとつ紹介しておきます。
 以下の一連の出来事があった当時、私は、ゼロポイントフィールドというものがあることは知っていましたが、たまに「これがそうかもしれない?」というくらいの感触がある程度で、それほど意識していませんでした。その程度でも、“例のあの件のさし戻し”は起きるのです。


 私は、2016年の11月に、『トランジット』(筆名:田辺ケンジュ/文芸社)という小説を、文庫本で出版しました。この話の主人公は、ゼロ年代に他界したセクシュアル・マイノリティの友人が原型になっていて、彼女の魂の覚醒と、そのサポートがテーマになっています。
 セクシュアル・マイノリティとは、性的指向が同性に向けられる人や、性自認が身体にもとづく性別と一致しない人などのことです。
 話のもとになる情報がチャネリングで降りてきたのは(当時はチャネリングということを意識していませんでしたが)ゼロ年代の終わりくらいです。これを、四百字の原稿用紙に換算すると百枚くらいの文章にまとめてみたものの、何が言いたいのかさっぱりわからないシロモノになりはてて、ボツにしました。このとき書いたものは、ファイルごと削除したので、手もとには残っていません。


 そしてそれきり忘れていたら、2011年になって、今度は小説や戯曲のようなストーリー性をもつプロットという形式になって、情報がもう一回、降りてきました。全部が並列していて、時間も場所も、高次元でいっしょくたになっていて特定できなかった情報が、順序や遠近関係をもつ形に整理されていたということです。
 それで、もう一度書きはじめたのですが、また百枚くらいのところで止まってしまいました。前半の主人公の低次アストラル波動(思いや感情や気分になる波)が非常にネガティブで、しかも幾度も同じパターンを繰り返すループ構造をもっており、それを中立に観察して言語化するだけの力量がまだなくて、自分がもちこたえられなかったためです。
 ちなみに、この人のネガティブ波は、ドロドロと沈没するのではなく、メラメラ炎上して延焼していくラテン的な(?)波で、あとを引かないかわりに、表出のしかたが烈しいものです。


 ところが、三年後の2014年になって、ふと放置しておいたファイルを開いてみたら、さしたる理由もないのに、なぜかネガティブな波動が平気になっていました。
「(中立を0度とすると)すごく鋭角な波だけど、ただの波じゃん」
 と、観察者の視点がぶれないようになっていたのです。
 そのことに驚いて、ためしに最初から書き直しはじめてみると、言葉にする作業にも余裕ができていて、淡々と進んでいきます。そうして、前半のネガティブな波動がコヒーレントになる(整う)と、着地点以外は茫漠としていた後半も、クリアに見通せるようになりました。


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最終更新日 : 2016-12-04 22:13:21

 発行所の文芸社という会社は、完成した本を書店やネット書店で販売できるようにしてくれるのですが、制作費は原則的に著者が出さなくてはならないというタイプの出版社です。私は、自分の書いた原稿を自費で出版したいとまでは思っていなかったのですが、ちょうど別の用途のためにキープしていたお金がいらなくなるという出来事があって、これをそっくり出版の費用にあてるという流れになりました。
 そのほかにも紆余曲折あって、『トランジット』という本は、節目節目でいろんな不思議な出来事があって発刊に至りましたが、個人的には2014年のプロジェクト復活が不思議の頂点です。何も起きていないのに何かが起きたような、このときの転換がなければ、そもそも形にならなかったのですから。
 また、そのとき以後、私は他人のネガティブな言動とか、小説や漫画やドラマに出てくるネガティブな表現、フレーズに同調しなくなったので、怒ったり悲しんだりといった巻き込まれ反応が起きなくなりました。

 

 ゼロポイントフィールドの提案へのリアクションから実現していくことは、お金を貯めて、勉強して資格をとって、独立開業して、といったように、直線的なビジョンを描けるとは限りません。
 むしろ、想像すらできないことのほうが多いです。
 なんでこんなことに興味があるのか、何の役に立つのか、全然わからない、でもやらずにはおれない、という感じです。
 “まともな”省察モードだと、「こんなことをして何になるの」「私の生活と全然関係ないじゃん」「お金が、時間がもったいない」「いいトシをして今さら」といった類の疑念が湧きまくりますが、ゼロポイントフィールドの融けてる感と親しんでいると、そういう省察や分析をする気が起きなくなるか、省察や分析がはじまっても、すぐ霞んでしまうので、迷いは生じません。
 興味の対象が、あれこれ移り変わることもあります。


 そんなふうに、生計とか将来設計と全然リンクしていなくても、興味の対象がバラバラでも、ゼロポイントフィールドからの提案に応えつづけていると、あるとき、なんとなく、大きなグランドデザインのようなものがあるんだな、とわかってきます。
 お金とか時間とか、そのときどきに必要なものが、ちゃんと賄われていることもわかってきます。

 

 じつは、ゼロポイントフィールドが欲しているのは、物理次元がパワーを出し惜しみせず、いきいきと躍動しているときの波動です。
 あとからついてくる結果は、その副産物のようなものです。
 なので、その人にはその人のグランドデザインが必ずあるのですが、それが見通せなくても気にすることはありません。


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最終更新日 : 2016-12-04 22:07:38

 ゼロポイントフィールドの波に乗るとは、いつもハイテンションで動き回っていることではありません。
 ハイテンションとか熱血とかいうのは、ゼロポイントフィールドに気がついていないときの、旧式のパワーの出しかた、使いかたです。そういうものではないことが、実際につながってみればわかります。


 ゼロポイントフィールドの波に乗っているのは、ひと言でいうと、平常心で疲れ知らず、といったような感じです。
 とても静かでありながら、絶えずこんこんと泉が湧いているようなものです。
 何かに追い立てられているようなあせりがないので、休むときはとことん休めます。
 身体のケアのために最小限必要な用事をする以外、何もしていないときがつづいても、落ち込みもしなければ、あせりもしないし、退屈にもなりません。

 

 ゼロポイントフィールドとつながると、直感で「あ、これだ」とわかる小さな提案に応えて、ジグザグに動いているうちに、実現したことが自分の望みにかなうものだったということが、あとからわかります。
 ジグザグ飛行は、自分の願いを含みながら、自分の願いを超えた大きな絵を描いていきます。それに必要な燃料や案内図は、必要なときにもたらされます。


 ゼロポイントフィールドの波に乗ると、すべてがベストな配置、ベストなタイミングで動いていく。
 すべてが最適化するという意味で、私はこれを「最適化の法則」と呼んでいます。
 これは、引き寄せの法則が百パーセント適用されている状態とイコールです。
 百パーセント適用されると、何も引き寄せる必要がなくなります。


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最終更新日 : 2016-12-04 22:10:37


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