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 少し慣れてくると、掌全体でなくても、右の人さし指と左の人さし指でも、くっつけると、つながって融けている感じがするようになります。
 指先と指先の境目がなくなり、融けている感じが、ある程度の幅に広がって、融けてるゾーンができます。
 これを別の指同士で試してもいいし、左右の手首の内側をくっつけるのでもかまいません。

 

 さらに慣れてくると、右の人さし指と左の掌とか、右の掌と右の膝とか、左の掌と額とか、左右の掌のように対称な部位でなくても、それができるようになります。
 右掌で右膝を、左掌で額をさわって、「右手と右膝」「左掌と額」という二箇所の融けてるゾーンをいっぺんにつくることもできます。
 要するに、どこかの部位を選んで、部位同士がつながって、融けている感じを感じられればいいのです。
 対称部位からはじめるといいのは、融けてる感がわかりやすいからです。なかでも両掌はいちばんわかりやすい部位ではないでしょうか。

 

 もっと慣れてくると、テーブルやカップなどの物にさわったり、手を空間にかざしたりしても、手と物、手と空間とが融けている感じを感じることもできるようになります。
 慣れるとは、「うん、この感じ」というように、融けてる感が体験として定着するということです。
 この感じ、融けてる感が定着すると、身体や物に直接さわらなくても、イメージのなかで接触させても、接触面がつながって融ける感じがしてくるようになります。

 

 しまいには、融けてる感を意識する(思い出す、呼び出す)だけで、自分まるごとゼロポイントフィールドとつながれるようになります。
 これは、ここで起きている出来事を感じさせている、いろいろな感覚が、ゼロポイントフィールドに還って融けていっているのに気づいているからです。それは一瞬のことなのに、ずっと昔からこうだったような、時間の空白に入ったような、ちょっとヘンな感じです。

 

 でも、意識するだけでゼロポイントフィールドとつながれるようになるまで、練習しないといけないわけではありません。
 身体の異なる部位や、身体と物、身体と空間、イメージをつなげたりするのは、あくまでも、こんなこともできるという実験です。めんどくさければ、敢えてそこまでやる必要はありません。
 とりあえず合掌とか、自分のやりやすい方法で、融けてる感=ゼロポイントフィールドを実感して納得することが大事です。


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最終更新日 : 2016-12-03 23:55:39

第2章 ゼロポイントフィールドとつながると、どうなるのか

 右掌と左掌を合わせたとき、つながって融けている感じがしたからといって、実際に両掌がくっついてしまったり、透明になったりはしません。
 融けてる感を感じたからといって、何か超常現象が起きるわけではありません。
 つながっている、融けているのは、ゼロポイントフィールドの「状態」であり、この融合は、見たりふれたりできない次元で起きていることです。
 つながっている「感じ」、融けている「感じ」とは、ゼロポイントフィールドに気づいている(アクセスしている、通路ができている)ときの信号といっていいでしょう。

 

 本当は、ゼロポイントフィールドは、自分の周りに広がる物理ゾーンと重なって存在している、物理世界の大元なのですが、見たりふれたり、五感ではとらえられないので、ふだん、私たちは、ゼロポイントフィールドがあることに気づいていません。その存在を知らせる体感的なサインが、つながって融けている「感じ」なのです。

 

 何度も繰り返して、この融けてる感を体験していると、ゼロポイントフィールドが、修練を重ねてたどりつく高い覚りの境地ではなく、とても身近なものになります。ドアや引き戸を開けて、隣りの部屋に行くような、すぐそこの感覚に。

 それは、ゼロポイントフィールドが、どこか遠くの高い場所にあるのではなく、この物理次元と重なって、物理次元とともにあるからです。
 物理次元とは、ゼロポイントフィールドが見ている夢といってもいいでしょう。

 

 ゼロポイントフィールドとつながると、潜在意識がきれいになり、見たり聞いたりできない、五感ではとらえられない、高次元からのお知らせが、ノイズなしに届くようになります。
 高次元からのお知らせといっても、白いローブをまとい、杖をもった白髪のおじいさんが、地球の未来について語り聞かせるとか、その類の大げさなことではありません。
 いわゆる直感と呼ばれる感覚が頻繁に働くようになり、その精度も大幅にアップするということです。
 直感を直感と意識しないくらい、いつ、どういうタイミングで、何をすればいいか、または何をしなくていいか、はっきりわかるようになります。
「なぜ、そうなるの?」
「これまで、うまくいったためしがないじゃない?」
「誰も、そんなやりかたはしてないよ」
 ・・・と、論理的な整合性を求めたり、過去の経験を参照したり、常識に照らし合わせたりして、“まともな”省察をするとか、うまくいかなかったときの言い訳や対策を用意しておくとか、そういう防衛反応も薄れてきて、どうでもよくなってくるので、行動に移すのも早くなります。
 ことの大小を問わず、決断や選択、あるいは保留する場面で迷わなくなるので、あれこれ思い煩うことで堆積していたストレスが激減します。
 すると、身も心も軽くなって、直感はますます冴え、すぐにリアクションできるようになっていきます。


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最終更新日 : 2016-12-03 23:51:55

 ゼロポイントフィールドというのは、あらゆる出来事がすべて終わってしまったあとであるとともに、どんな出来事も起きていない次元です。
 何もかもすっかり融けきってしまっているとともに、いまだ融けていて何も形になっていない状態です。
 空間(配置)も、時間(推移)も、いわばすっかり、そしてまだ折り畳まれた状態で、起動していません。
 そういう終極で始原の次元を、何度も繰り返し体験していると、常に完了であり、常に始動前というゼロポイントフィールドの時空感覚も、“融けてる感”として身近になってきて、計画、予定、条件といった制約に縛られなくなってきます。


 ゼロポイントフィールドのモードで動くようになってみるとわかりますが、“まともな”省察にもとづいて計画したり、予定を立てたり、段どりをつけたりするのは、かなり疲れることです。
 むろん、直感にしたがって動いた、または動かなかった結果でも、あとからふり返れば、論理的に筋道の立つ行いだった、ということは多々あります。
 筋道立った手順を踏むから疲れるのではなく、事前にあれこれシミュレーションを繰り返すから消耗してしまうのです。自動でできることを、手動でやっているようなものですから。


 といっても、ジクソーパズルを組み立てるとか、プラモデルをつくるとか、ロープウェイなどを使わずに山に登るといった場合の、プロセスをたどる楽しみがなくなってしまうわけではありません。
 早く到達しなければとか、何がなんでもコンプリートをめざすとか、そういうあせりやプレッシャーがなくなって、かえって楽しさは増すでしょう。
 私たちは、考えなくてもいいときに、考えなくてもいいことを、始終考えているために疲れてしまうのです。何度もゼロポイントフィールドにつながっていると、そうした思考の余計な動きが一掃されます。

 

 目的地に行くのに電車を使うか、タクシーにするか。ランチのお店をどこに、メニューを何にするか。打ち合わせの日時はいつがいいか。いくつかある仕事のうち、どれから手をつけるか。誰に、いつ連絡したらいいか、電話にするかメールにするか。この集まりに出席するか、欠席するか。今日のうちに洗濯をすませておくか、明日にするか。
 たいていの場合、変化は、そんな些細なことから現われてきます。
 それまで、ネットで情報を検索したり、メディアの評価や友人知人の評価を参考にしたり、過去の事例に照らし合わせたりして、ココロのなかで膨大な損益計算をして決めていたことが、直感でピンときてわかるようになり、ぐずぐず迷わずにその直感に“乗れる”ようになります。すると、タクシーで行くと決めたら、タクシー乗り場に向かう前に、目の前でタクシーがつかまったとか、最初にする仕事を直感で選んだら、あとの仕事は誰かが手伝ってくれることになったとか、タイミングや必要なことが全部、自然に整うようになります。


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最終更新日 : 2016-12-03 23:52:49

 反対に、すぐに答が出ないような状況では、答が出るまで待てるというか、半ば忘れた状態で保留しておけるようになります。
 仕事で取引先に送る企画書を作成し、期日よりずいぶん前に仕上がったけれども、一点、正誤がはっきりしないデータがあって、それが引っかかるのでまだ送らずにいて、別の仕事にかかっていると、締め切り前日に、銀行のロビーで手にとった新聞に正解情報が出ていたとか。
 一年くらい前に買った製品が壊れたので、粗大ゴミに出そうと思いながら、なんとなくそのままにしておいたら、二、三日して、失くしたと思っていた保証書が見つかり、まだ保証期間内で、交換もしてもらえることがわかるとか。

 

 あらゆる出来事がすでに完了してしまっていて、まだ何も起きていない、空間は終わって閉じていると同時に開いていない、時間も終わっていると同時にはじまっていない。
 そういうふうに終わりとはじまりがぴったり重なっているゼロポイントフィールドには、だんだん広がっていく空間とか、ある順序に則って移り変わっていく時間というものがありません。
 どこまで行っても“ここ”で、いつまでたっても“現在”です。
 なので、ゼロポイントフィールドにはタイムラグがありません。前倒しも、追い込みも、遅れもないのです。
 物理次元のこのとき、ここで、何をするか、しないか。ピッ、とサインのきたときがベストのタイミングです。

 

 ここに書かれていることを読んだだけで、すぐには納得できないかもしれません。
おそらく誰でも、直感にしたがって行動してみて、うまくいったこともあれば、うまくいかなかった経験もあるからです。
 直感でピンときて懸賞やコンテストに応募してみたけど落選したとか、お店でどの服にするか迷って、最終的に直感で決めたけど、その後、一、二回着ただけだったとか、直感で仕事のオファーを受けて、あとでひどく苦労した、などなど。

 

 直感が当たるのは偶然、だから必ず当たるとは限らない。これはもっともな、“まともな”省察です。
 しかし、いろいろな選択に迷って、論理的な判断や経験知によっても決められなかった結果、最終的に直感で選んだとか、はじめからどっちでもいいと思っていて、思いつきでパッと決めたというのは、うまくいってもいかなくても、本当の直感ではありません。


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最終更新日 : 2016-11-26 22:21:44

 本当の直感には、選択の余地はないのです。
 本当の直感とは、ゼロポイントフィールドから降りてくる、純粋な意思のことです。

 何度もゼロポイントフィールドにつながって、ゼロポイントフィールドが身近になり、寝ても覚めてもゼロポイントフィールドといっしょ、といった感じになると、本当の直感とは、考えるまでもなく「AだからAだ」というような、直截で、単純で、“タメ”がなく、そして大声で降ってくるものではない、穏やかなものであることがわかります。


 食事のときに調味料の壜を手にとったり、本棚から本をとったり、ほとんど意識せずにしている日常動作と同じようなノリで、直感のとおりに動いて、ものごとがスムーズに運ぶのがふつうになります。
 ゼロポイントフィールドにつながってなかったときは、偶然とか奇蹟とかラッキーとかシンクロニシティとか思っていたことが当たり前になるので、もうこれが直感だと意識しなくなるかもしれません。
 そのうち、ゼロポイントフィールドにつながっていなかったときがどんなふうだったかということも、忘れてしまうか、リアルには思い出せなくなるでしょう。

 

 ここに書かれていることが信用できなくてもかまいません。
 実際につながってみればわかります。
 私の言っていることは信じられなくても、ゼロポイントフィールドとのつながりのなかで起きてくることは信用せざるをえないでしょう。
 なぜなら、ゼロポイントフィールドとつながると、筋道だった推論とか、あのときはこうだったとか、権威者の意見とか、“まともな”省察がどんどん後退していって、薄い色彩で描かれた遠くの背景みたいになり、どうでもよくなっていってしまうからです。
 ゼロポイントフィールドにつながること自体が、ゼロポイントフィールドへの信頼を培います。


 私自身、ゼロポイントフィールドとつながるまでは、直感なんてさほどアテにはしていませんでしたし、高次存在からのメッセージの類も半信半疑な受けとめかたをしていたのですが、つながってみると、半月もたたないうちに“まともに”ものを考えられなくなってしまい、以前に比べると、ずいぶんうすらぼんやりしている感じがします。
 なんというか、心身のセンサーが、ゼロポイントフィールドのセンサーである心身へと変化した感じです。


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最終更新日 : 2016-12-03 23:54:02


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