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5.ゼロポイントフィールドとつながると、ものごとが最適化する理由

第5章 ゼロポイントフィールドとつながると、ものごとが最適化する理由

 第2章で、「ゼロポイントフィールドとつながると、潜在意識がきれいになり、見たり聞いたりできない、五感ではとらえられない、高次元からのお知らせが、ノイズなしに届くようになる」と書きました。
 潜在意識がきれいになるとは、第4章に出てきたソウル宇宙が整うという意味です。

 

 ソウル宇宙は、ひとつひとつが0=∞と0/1からなるワンネスの帯域を反映させたバージョンであり、ひとつひとつがワンネスの化身であって、完璧です。
 なので、整っている状態とは、ワンネス帯域がそのまま百パーセント、それぞれのソウル宇宙に反映されていることをいいます。すると、それはそのまま百パーセント、物理界に反映されます。
 つまり、
 0=∞ → 0/1 → ソウル宇宙 → 物理界 → 0=∞
 このいずれのゾーンにも0=∞が百パーセント反映されて、きれいに0=∞へと還っていく流れになります。

 

 ゼロポイントフィールドとつながっていないと、この百パーセントの反映が阻害されて、めぐりが悪くなり、宇宙全体の構造がいびつな形にゆがんでしまいます。


 こういう問題が起きるのは、ソウル宇宙の下位ゾーンに、物理界で起きた出来事に反応して、思いや感情のもとになる波を引き寄せ、これらを思いや感情として感知される周波数に編集し、この思いや感情の周波数に乗っかって(同一化して)、物理界を操作しようとする構造体があるためです。


 構造体のふるまいは、ワンネス帯域を反映させたソウル宇宙の意図と一致していません。
 感覚から何らかの出来事が構成されるつど、思いや感情を、下位ゾーンに張られている記号体系にあてはめて、過去はこうだったから現在こうなったのであり、このまま行けば未来はこうなるといったように線形時空化したり、独自の解釈をしています。そして、その独自の解釈にもとづいて、物理界で身体化している部分(自分)に対し、強い指令を発しています。
 こうした構造体の影響力のために、上位ゾーンのサインは着信拒否されたり、伝言ゲームの伝言のように変形してしまうのです。


最終更新日 : 2016-11-27 12:44:18

 ソウル宇宙の下位ゾーンという言葉は、第4章にも出てきました。ここは「熱い」とか「低い音だ」といった身体感覚にはならないものの、言葉、身ぶり、絵などの記号を媒介させることによって表現できるくらいには、見えない波が具体化してくるところです。
 物理界では分離しているAさんとBさんが互いに交信するために使う記号体系のルールが、時代や地域によって異なりながらも、一定範囲の共通ルールとして定着しているところでもあります。

 物理界を操作しようとする構造体は、こうした記号体系の情報をたくさん収集し、駆使しているデータセンターでもあります。

 

 この構造体を、精神世界では「自我」または「エゴ」と呼んでいます。どちらも心理学から借りた用語です。
 自我、またはエゴは、精神世界ではものすごく評判が悪く、こいつさえいなければすべてうまくいくみたいな、諸悪の根源のように扱われています。
 けれども、自我は、もともとひとつの場で起きている波が折り重なり、凝集している物理界を、Aさん、Bさん、机、床、イチョウの木、犬、というように、はっきり分離した別々の固体として識別し、分離した固体同士の相互作用として体験するための装置にすぎず、悪いものでも善いものでもありません。


 自我は、身体も含めた物理界で起きていると感じられることを自我自身に関連づけて(統覚意識をもって)、分離した固体の数々を言葉や身ぶりなどの記号で表象し、ひとつの世界像に束ねています。
 もし自我という装置がなければ、ごつごつしていたり、滑らかだったり、緑色だったり、甘かったり、曲がっていたりする、そういう数多くの感覚情報が統一した場面にまとまらないでしょうし、別のソウル宇宙である他人と、互いに分離した状態で交流することもできないでしょう。
 つまり、自我の本来の役割は、ワンネス帯域からソウル宇宙の上位ゾーンを通して降りてくる信号を、最も適切な記号に翻訳して、分離した世界で使えるようにすることです。


最終更新日 : 2016-12-04 22:19:27

 ではなぜ、自我は、ソウル宇宙の上位ゾーン(ハイアーセルフやガイド存在など)の信号を翻訳して適用するのではなく、物理界の出来事への反応である思いや感情を翻訳して、それを物理界の操作に用いることに汲々とするようになったのでしょうか。


 構造体とはいえ、自我には、独自性をもった実体はありません。基本的には、他者の意見の否定からできあがっている、中身は空っぽのハリボテ構造です。
 「私」というのは、もとから一個の存在としてあるわけではありません。
 まず、どんな感覚もはっきりとは区別できない、一体となった非二元状態があります。何らかの感覚が感じられても、さざ波程度の強さで、根っこは一体の非二元状態とつながっています。この非二元状態は、上昇ルートでワンネス帯域に向かうとき、ソウル宇宙の上位ゾーンへの扉を開く非二元状態と同じです。

 ここに、寒いとか固いとか、それまでより刺激の強い感覚入力があったとき、強い感覚への違和感から、その感覚をもたらした対象がある、という感じが生じます。この異状な感覚をもたらした異物がある、と。この異物が「外側」です。
 異状な感覚は、一体だった非二元状態に亀裂を走らせ、外側というものを生じさせます。
 外側は、母親とか父親などの身近な保護者、兄、姉、床、壁、天井、といったように、それぞれ異なるものに分かれていきます。
 これらの外側ではない側、外側を外側と認識している側が「私(自我)」になるのです。


 一度「私」が立ち上がってしまうと、「私」は、「外側を外側だと認識している外側ではない側=私」の「これはちがうよ」という外側認定に同調してくれる存在を、排除している外側に求めはじめます。
 「これはちがうよ」という外側認定に同調してほしいとは、外側を排除するために引いたラインの形状を認めてほしい、言い換えると、このラインで成り立っている「私」を認めてほしいということで、これが自己承認欲求の正体です。


 もし、相手が「このラインのとおりだね。たしかにこの線の向こうが外側だ」と、ラインの形状をそっくり認めてくれれば、その相手は、「外側ではない側=私」の側に入ってきて、「私」と同じ見かたをしている、「私」と一体化していることになりますが、そうなったらもうその相手は外側ではありません。

 ところが、当の相手はまぎれもなく外側に属しています。「私」は外側の区別、排除によって立ち現れたのですから、その「私」がいる限り、外側は外側でありつづけます。
 つまり「私」がいる限り、自己承認欲求が完全に充たされること、つまり外側が消えて一体化すること、非二元状態が回復することはないのです。


最終更新日 : 2016-12-03 23:48:37

 実際には、「私」は違和感を感じるつど、外側を排除するラインを見直し、引き直しているので、外側にいる存在たちは、同調することもあれば拒否することもあり、そうした外側の反応によって「私」の形状も不安定に揺らいでいます。

 

 「私」としてできあがるためにあらかじめ排除した存在たちに向かって、「私」を認めてほしいと迫るのは、矛盾した、無理な要求です。
 「私(自我)」が物理界の出来事への反応である思いや感情に過敏で、絶えず思いや感情を記号に翻訳して、物理界のコントロールに使おうとするのは、この矛盾に気がついておらず、どうにかして要求を通そうとがんばるためです。
 つまり、際限なく自己承認欲求が発動されるからです。
 これを止めたくても、「外側vs.外側でない側=私」の体制のまま外側に働きかけていては、堂々めぐりするだけで、きりがありません。
 この体制の起原である線引きと、線の向こう側の排除をやめる必要があります。


①瞑想などの意識集中によって、物理界の出来事への反応に反応するのを鎮め、感覚も、思いも、感情も、感じながら傍観できる非二元状態になる(上昇ルート)
②感覚が融けている感じからゼロポイントフィールドにつながる(戻りルート)

 といった方法で、線引き前の一体状態を繰り返し体験し、なじませていくことです。
 すると、「私」が外側に追い出していたものは、すべてソウル宇宙に属しており、魂全体を構成する仲間であること、何もかも一体であり、「私」もいなければ外側もない、ソウル宇宙しかないのだということがわかり、果てしのない承認欲求は終わります。


 外側からの承認を必要としなくなった自我は、妄動しなくなり、上位ゾーンの波を適切な記号に変換するという、本来の翻訳装置に戻ります。ソウル全体からすると、この自我本来の役割は黒子のようなもので、重要な仕事をしているのに、目立ちません。ソウル全体に溶け込んだかのように透明化している、それが自我本来の姿です。

 

 ただし、先に書いたように、①の上昇ルートをとると、ソウル宇宙の極点であるモナド(ハイエストセルフ)とつながるか、0/1へと突き抜けていくまで、自我の自己承認欲求を徹底的に観察しつづけて、その影響を振り切らなければなりません。ワンネス帯域とつながるまで、外側と「私」の線引きは消えず、自己承認欲求が残りつづけるからです。


最終更新日 : 2016-11-27 12:44:18