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嫉妬するのが楽しい?

 降って湧いたような電車の中の出来事、そして貧血だった丸い顔をした可憐な木村かすみに強引に誘われるなど、会社を出るまでは想像もしなかったことが起きるものである。これも人生。こんなことは二度とないかもしれぬ。運命の悪戯かもしれない。ひょっとしたら全部が騙されているのかもしれない。それでも人生は面白いものだと隆三は思った時、行ってみるかという気持ちにやっとなったのである。営業ではバリバリ飛び込むのに慣れているのに、こと女性に関しては弱気になる隆三であった。

「少し歩きますけどJRの南口のすぐ側です」

 と言うと木村かすみはもう京成八幡の改札に向かって歩き出していた。隆三は積極的にリードする若いかすみに対して、嫌いになれない魅力を感じた。後姿も妙に人を引き付ける軽やかさがある。

 

 ビルの中にあって、ピザ用石焼釜も完備しているイタリアンのハーレーパークという名の店に2人は入って行った。窓際の席が空いているので、ステップを踏むようにしてかすみはその席にたどり着いてメニューを見始めた。さっきの貧血はどこへ行ったのだろうかと隆三は苦笑しながら、ゆっくりとかすみの綺麗に揃えられた少し茶色に染めたショートカットの髪形や、丸顔の中に配置された各パーツの絶妙のバランスに見とれてしまった。一言で言ってしまえば猫タイプの顔なのかなと隆三は思った。そしてかすみの魅力は、恐らく周りの人間の心のぎすぎすしたものを、一瞬にして調和させてしまうような、たおやかさに満ちているからなのだろうかと考えた。かすみという名は雲が美しく彩られるという意味だが、周りを美しくするという意味で納得するものであった。

かすみは隆三に注文のメニューを聞いてきたが、お任せすると言うと、パスタ、ピザ、ラザニヤ、サラダなどを注文した。隆三はそれに付け加えて生ビールも注文した。

かすみはいかにも呑兵衛風な注文の仕方に笑ってしまった。

「私はまだ学生ですけど、今日の食事は本当に私が持ちます」

「いいよ。お礼なんかしてもらわなくても。木村さんのような人と食事が出来ただけで、私に対するちゃんとしたお礼になっていますから。でも、失礼ですが結構ゆとりがありそうだけど、ご両親のお仕事は何ですか?」

「ママが市議会議員で、パパが小さな会社をやっています」

「嗚呼、そうか。だから余裕があるんだね。理解できました」

店の中のテーブルの間隔は程良くあいていたので、隣の客をあまり気にせず話やすい感じなので、隆三もいつしかかすみに負けずにテンションが上がって行った。

照明のほのかな光が2人を照らしているのだが、本当にイタリアンなのか疑ってしまうほどムードがあるので、目の前の丸い顔の優しいかすみが、新しい恋人のように思える瞬間があった。バックグラウンドミュージックは天井からかすかに聞こえてくるようだ。

 隆三はハートランドの生ビールを飲みながら、かすみと年齢差を感じない話題ができることに不思議な感慨を持った。やはり生い立ちなのであろうか。家庭環境だろうか。ママが議員だから自ずとそうなったのかもしれないと思いつつピザを頬張った。トマトソースやパン生地がしっかりしているので、美味しいと隆三はかすみに呟く。

パスタは生パスタで、小エビと大葉のパスタだった。やがてデザートが出てきた頃には、すっかり2人は打ち解けたようになっていた。

隆三は気持ちが良くなったのか、グラスワインも注文した。

「山口さん。聞きたいことがありますが、先ほどホームで嫉妬心が強くて奥様に対していつも嫉妬していらっしゃるとおっしゃいましたが、本当ですか?」

 隆三は変なこと言わなければ良かったと、後悔する気持ちが湧いたが、アルコールの勢いで、もうどうでも良くなっている自分がいた。

「あるよ。今は息子に対して妻が余りにも優しいから焼いているんだ。はっはっはっ」

 笑ってはいるが聞かれたくないことを聞かれて、思い出して深刻になっている隆三だ。いっそのことこの若い木村かすみに全部喋ってしまいたい誘惑に駆られた。

「でも、そういう話は私も良く聞きます。息子さんが母を愛するエディプスコンプレックスですか。でも現代の日本じゃなくなりつつあるような話も聞いております」

「木村さん、そんなこと良く知っていますね?」

「大学で社会心理学を突っ込んで勉強しておりますので。でも山口さんはそんな包容力の無い人には見えませんが?」

「それが、重症かもしれない」

「大丈夫ですか?息子さんが憎いとかあるんですか?」

「無い、と言ったら嘘になる」

「へぇー、信じられない。普通でしたら時間が経過することによって、解決して行くんですけどね。それほど執着できないというか」

「いや、私はこう言っちゃ恥ずかしいけど好きで堪らない。色んな家庭を見ていると、夫源病や妻源病で離婚とかが多いのにね。私は困ったことに妻に物凄く執着がある。だから息子はある意味敵のように感ずることもある」

「あらあら、しっかりしてくださいね、山口さん。あ、ちょっと上から目線で言ってしまいました。ごめんなさい。でも、ちょっとだけ私の考えを言っても良いですか?」

「全然構わないよ」

「嫉妬というものは恋人同士、夫婦などで必ずあると思います。でも私から見たら嫉妬するのって本当に楽しそうに見えるんですが。私も嫉妬したいし、嫉妬できるのって良いことだって感じます」

「失礼だけど、それは君が好きになった人がいないからじゃないの?嫉妬するのが楽しいなんて初めて聞いたよ」

「私はまだそれほど人生が長いわけではありませんけれど、好きな人はたくさんいます。その好きな人が、自分より他の人の方が好きでも私は構わないのです。それで大いに嫉妬していると楽しいんです」

「そんな馬鹿な、信じられない」

「まあ、落ち着いてこういう考え方もあるんだって聞いていてください。私の尊敬する女性が言っています。喜怒哀楽って嗜好品として楽しむものだから嫉妬も楽しみたいって。私はもろ同感です。嫉妬は高級な嗜好品という考え方にも。実は私にもちゃんと恋人がいます。彼はすごく嫉妬したい人です。でもこの頃はやっと嫉妬するのが楽しいってことが判って来たみたいです。彼の大好きな私という存在は、けっして彼の独占物ではありません。自分の独占物ではないけれど私が好きだというようになって来ました。それに彼は、私がいろんな方に愛されることを最近は望んでいるんです。普通の社会通念だったら、私が何股もかけている最低女になりそうですけど、周りの好きになった人が漏れなく幸せになって欲しいと考えてきたら、このスタイルになってしまいました」

「でもね、その彼が最初木村さんだけを愛する人であったと思うけど、それが一般的な価値観だよね?間違いないよね?その彼が木村さんではない別の人を愛するようになって、木村さんへの気持ちを失って別れ、新しい女性と恋人になることがあるかも知れない。それでも嫉妬は楽しいって言うの?」

「そう思います。彼が他の人と恋人になっても、私は彼を愛しているから何の問題もありません。それに、そうはならないと思っています」

「もし他に恋人ができたら、今付き合っている人と別れようと思いますよね?普通はそうなんじゃないのかな?」

 隆三は狐につままれたような顔をしてかすみを見つめていたが、少し怒りの感情が出てきたような気もした。

「聞いてください。そこが違うのです。私の場合、付き合うとか別れるとかいうのがむしろ理解できません。だから恋人と別れるなんて考えは持ったことがありません。今まで大好きになった彼ら全員が、愛おしく感じられるのです。全員が現在進行中なんです。言っている意味判りますか?」

「判らない。判らないというより、俺たちの頭の中は、大事だと思う1人の人以外は愛してはいけないという概念しか持っていないからね。だから、お互い他に目が行くと激しく嫉妬するんだよ。木村さんが言う付き合ったり別れたりすることがないというのは、全く理解できない世界だよ」

「付き合ったり別れたりしないですね。全員を愛していて逢います。でも私の場合は、みんな普通の考え方を持っていますから、私を理解できないとか、ついていけないとか言われることも多いです。だから結局別れたという結果になっていると思います。でも別れたといっても、その人たちにまた逢うと、恋人だった時の接し方に戻ります。ですので、別れるという概念、付き合うという概念は私にはないのです。ですから嫉妬も楽しめるわけです」

「木村さんの言うことは全く理解できない。ただ理屈として色々な人間がいるから、あり得るかもしれないが・・・・・・

 隆三の心の中に不快感が充満したのか、それから少し沈黙が続いた。木村は相変わらず目を細め微笑んでいる。その微笑みは、もしかすると悪女の微笑みかも知れないと隆三は思った。

 レストランの店長が挨拶に来たので、その話はそれっきりになり、やがて別の話で盛り上がった。

 かすみが最後にまた感謝の言葉を隆三に伝えると、2人は店を後にすることにした。かすみは本八幡駅の南口からすぐ側の自宅に向かって帰り、隆三はまた京成線の方に引き返した。

 

『嫉妬するのが楽しい』

  

 その言葉が酔った隆三の頭の中でぐるぐる回っていた。


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奥付


嫉妬


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著者 : 三輪たかし
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