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Hot battered Rum

 

重い樫の木の扉を開けた。

凍てつく夜だった。

おもむろにカウンターへ向かい、

Hot battered Rum

を頼んだ。

 白いバーコートに蝶ネクタイをした初老のバーテンダーは、

「お寒いですね。」

と一言いい、

グラスにダークラムをそそいだ。

 

BAR「浪漫倶楽部」との出会いはここから始まった。

 

 


gimlet

 

BARでの最初の、 

一杯は、

gimlet

と決めている。

レイモンド・チャンドラーの「長いお別れ」で、

「"I suppose it's a bit too early for a gimlet," he said.」

私立探偵フィリップ・マーロウが言った台詞だと大概の人は誤解している。

 

 

「本当のギムレットはジンとローズ社製のライム・ジュースを半分ずつ、他には何も入れない」という記述もある(ここで言われるローズ社のライム・ジュースはコーディアルライムの事である)。

 

 

 

 

 

 

 


dìsəpíɚ(失踪)

 

 

「あんたがいけないのよ」

そう、直子は俺に詰めよった。

 

Bar「浪漫倶楽部」のマスターが失踪したのだ。

借金がかさんだとか、愛人と逃避行したわけではない。

 

エリさんは、マスターの代わりにシェイカーを振っている。

今日の俺の一杯目だった。

 

まだ陽が落ちる、午後4時半。

まだ、Bar「浪漫倶楽部」が開店する時間まで30分早かった。

 

俺は地域情報誌で編集・ライターをしている。

発行部数も伸び悩み、おかげで広告収入も目途が立たず、

発行停止寸前の情報誌をなんとかしようと目論んでいた。

 そして、今まで紹介してこなかったBar「浪漫倶楽部」を弊誌で紹介したのだった。

地元は元より、遠方からも噂を聞きつけた俄か酒飲み達が数多く訪れるようになった。

店は依然にも増して繁盛したが、大事な何かを失った。

 

それは、俺自身の心とマスターの魂だった。

 

いつも、Bill Evans が架かっていた。

 

 Polka Dots And Moonbeams 

 

The Bill Evans Trio

 

 

 

 

 

 

 

 


C'est la vie!

 

 

 

疲れた夜。

マスターはいつもこのカクテルを作ってくれた。

しかし、

レシピは教えてくれないままだった。

俺は、その「生命の歓喜」Joie de vivre)と名のカクテルを飲みたくて、

失踪したマスターを探す旅に出ることを決めた。

 

 そして、その雑誌社を辞め、フリーランスのライターとして、

捜索&全国のBARを取材するようになる。

 

早速、BAR「浪漫倶楽部」のマスターは、

どこかの雪国にいるという情報が入り、

そこで、

憂いた酒飲み達に

「生命の歓喜」(Joie de vivre)

のカクテルを作っているという。

 

エリさんは、

三杯目のカクテルは何にすると聞いてきた。

思わず、

「C'est la vie!」(それが人生さ。)
と言って、

店を出た。

 

 

 

 


雪国

雪国での捜索は難航した。

確かに「浪漫倶楽部」のマスターはここの土地に足を踏み入れたようだった。

小さな町だったが、意外と飲み屋は多い。この町は日本いや世界で通用する研磨技術を持つ工場が多いと聞いた。

 

新しいアウトドアメーカーのスノーブーツを買って行ったが、

不慣れな雪国では、ただのよそ者だ。

身動きが思ったように取れない。

 

夜の街を俳諧しているうちに、一件の居酒屋で情報を聴きつけた。

 

どうやら、マスターはこの町に一件ある、ジャズ・ピアニストが経営するバーに現れたという。

俺は、情報をとりに何軒も梯子したので、ここの土地の有名な日本酒で酩酊しかけていた。

確か「〆張鶴」という酒だったか・・・

 

近くのビルの二階にあるということを聴いて、行って見る事にした。

 

ふと、車中で読んだ、宮本輝の作品の文中に

「現代人には二つのタイプがある。見えるものしか見ないタイプと、見えないものを見ようと努力するタイプだ。
現場から発しているかすかな情報から見えない全体を読み取りなさい。」
宮本輝著 「三十光年の星たち」文中より)

という文章が思い浮かんだ。

 

 

 



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