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第1話 二丁拳銃

 私は殺気立っていた。しかし何に腹が立っているのか、わからない。

好きな仕事だし、好きな人に囲まれているし、なにも不満はないはずなのに。

状況がそうさせるのだと私は気づいた。

 私の周りだけ時間が異様に早く過ぎているようだ。

皆は暇だという。私だけやることが溜まっている。生ごみのように今にも腐りかけている「やらなければならないこと」が溜まりに溜まって、腐臭を放っている。

 一つやり遂げると、二つ「やらなければならないこと」が増える。そして永遠にやることは終わらない。

 何のために生きているんだろう。あくせく働いて。本当にやりたいことは何一つできていない。

 

 「もう何も頼まないで」と私は叫んだ。

 一人になりたい。

 

 私の心は隙間だらけで、重心が右に左に揺れ動いていた。少しでも誰かがつつけば崩壊するだろう。

私はその瞬間を待った。

 

 そしてその瞬間が来た。

 

 私は蜘蛛に頼んでいた。

「ここに蜘蛛の巣をはらないで」

「わかった」と蜘蛛は承諾した。それなのに。

 蜘蛛はそこに蜘蛛の巣を張った。

 

 私は爆発した。

 

「はらないでって言ったのに!」

 私は蜘蛛の巣をめちゃめちゃにした。蜘蛛の巣が私にまとわりついて、身動きがとれなくなった。

 

 その時、雨が降って来た。私はそれにも腹が立った。なんて絶好のタイミング!!

私は発狂した。

「なんで雨が降るの。止めて欲しいんだけど」

 私は空に叫んだ。

その時、雲が叫び返して来た。

「私の親戚に悪いことをしないでほしいんだけど」

「親戚?」

 蜘蛛がへへへへへと笑った。

「お願いだからこの蜘蛛の糸をなんとかしてよ」

「だめだめだめだめだめだめだめだめー」

 蜘蛛は叫んだ。

「じゃあ、屋根を作って」

「わかった」

 蜘蛛は蜘蛛の糸を張り巡らせて、私の上に小さな雲を作った。それで私は雨が防げた。

 意外といいやつ

 雨が私の周りだけ降っている。

 蜘蛛はどこかに行ってしまった。

 私は一人で雨の音を聞いていた。

 蜘蛛の糸のギプスでぐらつく私の心は固定された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


第2話 撤収

「あーああ、今日もだるい」人差し指が言った。

「肌がカサカサになっちゃう」親指は顔じゅうにハンドクリームを塗りたくった。

 銀行員の親指は毎日お金を数えるために手の水分が奪われてしまうのだ。

 そして先ほど今日もだるいと言っていた人差し指は、基本的にボタン的なものを押すのが主な仕事だが、親指と共同で書記の仕事もかけ持っている。他にもあらゆる作業でオールマイティに仕事をこなし、親指とツートップで仕事を任されている。さらに最近ではボタン的なものだけでなく、タッチパネル的なものを押す仕事がなぜか激増し、そのせいで人差し指の仕事は激務となっている。

 中指はパソコン操作の際には活躍を見せるが今は眠っている。昼の休憩だ。

 薬指には糊のカスが乾燥してこびりついている。

「どうしてちゃんと手を洗ってくれないんだろう」

 薬指は神経質なのだ。土木関係を担う薬指は、ツートップを温存するためにチューブから出された糊をのりしろに広げる役目を任されている。神経質の割には、薬指はこの仕事が気に入っている。しかし糊を貼り終わった直後に指同士でごしごしこすり合わせられるのは気に入らないらしい。本当は石鹸できれいに洗ってほしいと思っているのだった。

 小指は一見弱そうに見えるが、担当は運送業務だ。物を持つときに小指の支えがないと、安定しないため、親指が激怒する。

 しかし運送業務とは言っても、それは小包担当で、大物を運ぶには、足の指たちの力を借りなければならない。小さな靴の中で外反母趾になりかけながら、足の指たちは頑張っている。仕事のあるところまで、皆を移動させるバスの運転手的役割も果たしている。

 

 昼の休憩が終わった。仕事の再開だ。

 

 足の指が皆を運ぶ。ほら、右に仕事あり、左に仕事あり。前方に障害物あり。右にカーブ、左にカーブ、立ち止まってまた急発進。キュキュッと靴が鳴る。

 前方に重いもの発見。全員でそれを持ち上げる。この時ばかりは、中指も休んでいられない。ふんっと食い込むビニールひもに負けないようにお腹に力を入れる。親指はちらっと小指の方を見る。小指は真面目に支えている。物を置くと、ふーっとみんな息を吐く。ようやく血が巡ってくる。一休みする間もなく、次の仕事が待っている。

 次はあっち、次はこっち。そしてみんな全速力で仕事をやっつける。どんどんどんどんどんどん

 その時だった。

 

「ひゃーーーーーーーーー」と膝が悲鳴を上げた。

「いたい、いたい、いたい」

 皆びっくり。こんなことは今までなかったのだから。

 

 それを聞いた肘が「てっしゅーーーーーーーーーーーう」と叫んだ。

 皆一斉に仕事から手を引いた。

 


第3話 黒船躑躅

 僕は川べりを歩いていた。目的地ははっきりとしていた。時間もそんなになかった。それなのに。

 

 

 視線の端に何かが映った。僕は足を止めようかと思ったが、目的地がはっきりしていて、時間もそんなになかったから、そのまま通り過ぎた。けれど通り過ぎてから、あれは何だったのだろう。そして、今を逃せば、もう一生あれがなんだったのか、知ることはできないだろうと、そう思い始めた。

「どうしていつも僕はこうなんだろう」

 一度気になると、どうやってもその思いから抜け出せない。もう、時間がないのに。

 

 仕方がないので、僕は来た道を戻ろうと、Uターンをした。急いでいたもんで、足が、ぬかるみにはまった。僕はよろめいた。そしてそのまま川にぼっちゃんと落ちてしまった。あーあ。

そして僕はその先に見た。

 淡いピンクの君を

僕の周りをさらさら流れる川の音。

 そしてずっと僕は見ていた。

「どうしていつもこうなんだろう」

僕はそこから離れられなくなってしまった。目的地はここだったのかもしれない。僕は時間も気にせずに、そんなことを思った。 

 


第4話 ー方(-かた)

 とある公園のベンチに、おじさん二人が座っていた。このおじさんたち、さっきまでは赤の他人だったが、ただ同い年というだけで意気投合して、今このベンチで二人、星空を眺めている。

 

 あの、教えて欲しいんだけど。とおじさんAが言う。

なに?とおじさんBが言う。

おじさんAはここから、人生悩み相談を始めるので、覚悟してほしい。

おじさんA「生きる方法ってやつをさ、知りたいんだ」

おじさんB「生きる方法?」

A「そう。」

B「ったって、もうこの年まで生きてるじゃないの。俺が逐一教えなくったって、あんたもう、生きてるじゃないの」

A「そうなんだけどさ。この年になっても、改めて思うのさ。生きていくのはなんて大変なんだろうって」

B「まあ、悩みを話せよ」

A「悩みってほどのことじゃないんだ。たださ、毎日時間に追われて、一つやることを終えたら、また一つ、いや、二つか三つくらいやることが増えてさ。ようやく半端な時間ができて、よし、好きなことをやろうと思っても、何をしても気分が晴れなくて、息苦しくてしょうがないんだ」

B「ほう…そうか」

A「なあ、生き方ってやつを教えてくれよ」

B「俺がそんなの知ってると思うのか?」

A「いや、だめもとで」

B「知ってるさ」

A「知ってるのか?いやー、今日はいい人に出会った」

B「よく食べて、よく寝て、酸素をいっぱい吸うことだ」

A「あら、しごく簡単に言うね。光合成みたいに」

B「そう。光合成と同じよ。花みたいに何日か咲いたら、枯れればいい。何の責任もないのよ」

A「はあー、そういうもんかね」

B「そういうもんよ。考えてもみれ。宇宙から見たら、人間なんて花みたいなもんよ」

A「きれいに見えるのかね」

B「さあ、それはどうか知らんがね。きれいっていうのは植え付けられた概念で…」

A「なんだか簡単じゃなくなってきたな」

B「そう。だからあまり深く考えないこった。さあ、いっぱい寝るために帰ろう」

A「そうだな。あぁ、そうだった。駅までの行き方教えてくれよ」

B「あ、ここからまっすぐ行けば駅だよ。あんた、どこから来たの?駅から来たんじゃないの?」

A「確かに駅からは来たんだけども、知らない駅で適当に降りて、何も考えずにぶらぶら歩いてたんだ。そしたら、ここに辿り着いたってわけだから、あまり何も知らないの」

B「あはあはあは」

A「変な笑い方」

B「あんたね、俺に聞かなくても、生き方わかってるじゃないの」

A「そうかい」

B「ああ、いい人に出会った今日は。じゃあ、また。良い酸素、いっぱい吸うんだよ!」

A「良い酸素ってなんだよ。じゃあ、おやすみ」

 

 そう言って二人のおじさんは、永遠の別れをしたのでした。

 

 

                                         おわり

 


第5話 嘉賞(かしょう)

 今日は後輩が大幅な遅刻をしてきた。してきた、というか、まだ会社に着いていないのだから、遅刻している最中である。

「何をやってるんだ全く」

 いつもはかわいい後輩だが、何の連絡もなく、一時間も遅刻となると、これは叱ってやらねばなるまい。

私は携帯を取り出すと、かわいい後輩の電話番号におそるおそるかけた。

 しかし後輩は電話に出なかった。

私は怒りを通り越し、今度は心配になってきた。もしや事故にでもあって、携帯にも出られない状態なのではないか。

 とりあえず私は、後輩にメールを送った。

「何してるんだ。遅刻だぞ」

 

 返事は、12分後に返って来た。その文面がこれである。

「今、チューリップを保護しています」

 

 私は目を疑った。チューリップを保護?一体、何をしているのか、想像もつかない。

子犬を拾ったとか、そう意味で保護と使うのはわかるが、チューリップの保護など、聞いたこともなかった。しかし、私が知らないだけで、なにかそういう活動みたいなものが、世の中で認知されているのかもしれない。そう思いなおした。そしてそれを知らない私を後輩に知られるのが怖くなって、こうメールを返した。その文面がこれである。

「そうか、それはえらいな。」

 保護と言うからには、なにか良い活動なのだろう。

「ありがとうございます」

 今度は即座にメールが返って来た。

 

 しかし、先輩として、これでメールを終わらせるわけにはいかない。

「けど、それは仕事より優先することなのか?」

 すると今度は15分後にメールが返って来た。

「ボランティア活動です」

 

「ボランティア活動?」

私はまたメールを返した。

「だからと言って無断で休むのはだめだ。ちゃんと会社に連絡しろ」

 

 しかし、それから、いくら待っても返信が返ってこなかった。

私はデスクで耳かきをしている社長にとりあえず今の状況を報告しようと、席を立った。

「社長。後輩のことなんですが。」

「ああ、どうした」

「なんだか、ボランティア活動をしてるようで。連絡させるように言ったのですが、何か来ましたか?」

「いや。ボランティア活動ね…。じゃあ、今日はボランティア休暇だな。」

 社長は付箋に何か書き込むと、机の端にぴっと貼りつけた。

「それでよろしいんですか?」

「ところで、なんのボランティア活動をしてるんだ?」

 社長が興味を持つとは思わなかったので、私はあえて触れなかった言葉を慎重に取り出した。

「えー、チューリップの保護だそうで」

「ああ、チューリップの保護ね」

 社長は、目の前にあった何らかの書類に、ばーんっと判子を押した。

 

 やはり、チューリップの保護活動というものが、あるのだ。と私はこのとき確信した。知っているふりをして良かった。と心の底から思った。

 

 とりあえず、私にできることはやった。そう思い、自分のデスクに戻った。

「ふー」

 椅子の背もたれによりかかり、何気なく窓から外を見ると、社内の花壇の中に、傘をさしてしゃがんでいる人影があるのが見えた。私はぎょっとして、よく見ようと窓に近寄った。

よく見ると、その人影は、後輩だった。

 私は思わずデスクから叫んだ。

「社長、あれを見てください。あんなところにいましたよ」

 すると社長は特段驚きもせず、こう言った。

「偉いじゃないか。これで、ジュースでも買ってやんなさい」

 社長は自分の長財布から、110円を取り出し、私に渡した。

 120円なのに…

 私はこっそり自分の10円を足して、自販機で桃のジュースを買った。

 外に出ると、日差しが暑かった。

 後輩は、土の上にしゃがんでいた。そこにチューリップが生えているのかと、私は目を凝らしたが、何も生えている気配はない。しかし、土の中まで透視できるわけではない。もうすぐそこに、チューリップが芽を出しているのかもしれない。しかし、変な質問をして、チューリップ保護の実態を知らないことがばれたら、元も子もない。私はその質問を心の中にぐっとしまった。

 私は後輩のそばに寄ると、ジュースを差し出しこういった。

「ほら、社長からだ」

 それと私から。それも心の中で言った。たかが10円ぽっちで、言えることではない。

 後輩は、顔を上げた。

「あ、ありがとうございます。」

 

「がんばれよ」

 私はそう言い残し、社屋に戻って行った。

 

 

 



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